〇高松神社の上空・昼(十五時頃)
龍の姿の夾と犬の姿の瑞希が衝突する。※周囲からは見えないし、衝突音も聞こえない。空気の揺れを感じる程度。
瑞希「その姿になるなんて、必死すぎない?」
夾「伊織は、僕の伴侶だからね」
夾が下を見れば、小龍(※人間の姿)が伊織のいる瑞希の部屋へと窓から入ろうとしていた。
瑞希「行かせない!」
瑞希は、目にもとまらぬ速さで小龍目掛けて駆け出した。が、夾は瑞希と小龍の間に雷を落とし、瑞希を止める。
夾「小龍! 急いで!」
小龍「分かってます」
瑞希「まぁ、良いわ。どうせあの子には近付けやしないから」
〇瑞希の部屋
押し入れの下の段には、小さく膝を三角に追って座る縮こまる伊織がいる。
伊織(瑞希さん大丈夫かな。うちの家族、容赦ないからな。私を匿ってるって知ったら、酷い目に合わされるかも……私のせいでそんなことになったら)
ギュッと赤いお守りを握りしめる伊織は、覚悟を決めたように襖を開けた。
その瞬間、どアップの小龍の顔がそこにあった。
伊織「え」
小龍「わ、襖が勝手に開いた」
伊織「あ、それは私が」
小龍「伊織様、行きましょう」
伊織「えっと、君は?」
伊織(もしかして、追手ってこの可愛い男の子? いや違うか。高松君の親戚の子かな)
小龍「説明は後です。とにかく早くここから出ますよ」
小龍が伊織に触ろうとすると、バチッと静電気のようなものが走った。
伊織「え、大丈夫!?」
伊織が小龍を触ろうとすれば、またもやバチッとなって触れない。
伊織「何? これ」
小龍「チッ、犬神の仕業か」
伊織「犬神様?」
その名を聞いた伊織は、自身の握りしめている赤いお守りを見た。
小龍「それか。伊織様、そのお守りをお捨て下さいませ」
伊織「お捨て下さいって言われても、お守りはちゃんと清めの儀式をしないと」
小龍「そうではありません。それを手放して下さい。そこに置いて下さい。でないと、夾様も伊織様に触れることが出来ません」
伊織「夾……様? って、夾さんのこと? 夾さんがここに来てるの? もしかして、追手って……」
不安げな表情になる伊織。
伊織(私のいない間に両親や桜から色々聞いて、夾さんはあの人達の味方に……もう、私の知る優しい夾さんはいないのかな)
小龍は、伊織の心を見透かすように真っすぐに目を見て言った。
小龍「ご安心を。夾様は、いつでも伊織様の味方ですから。私を信じて下さい」
伊織はその瞳を見つめ返し、小さく頷いた。
小龍「信じて下さるのですね」
伊織「大人は平気で嘘を吐くけど、君はまだ子供だから。子供は正直だから……子供の言うことは信じられる」
自分に言い聞かせるように伊織はお守りをそっと床に置いた。
小龍(子供じゃないんですけどね。まぁ、良いか)
小龍「行きましょう」
小龍が手を差し出せば、伊織はその手をギュッと握りしめた。
そして、そのまま部屋の外へと出た――。
〇駅前の改札→閑散とした住宅街(※時は、ほんの少し遡る)
駅の改札にピッとICカードをタッチする高松は、閑散とした住宅街を走る。その後ろを戸惑いの表情で付いて走るアンナ。
アンナ「ちょっと、高松君!? 授業良かったの!? てか、どこ向かってんの?」
高松「それどころじゃねー。見つかっちまった」
アンナ「見つかったって。何が」
高松「絶対見つかんねーって言ってたのに、何やってんだよ。犬神様!」
そして、その数十メートル後ろの方には、高松をずっと尾行していた神崎側の男が一人。イヤホンを耳につけて小声で話している。
男「間違いありません。あの焦りようは……」
男をチラリと見やる高松。
高松「あの後ろにいるのなんなんだよ。ただのフェイクかよ」
〇そして再び高松神社
境内の中を小龍と共に走る伊織。
伊織「夾さんは、どこにいるの?」
小龍はちらりと上を見上げる。
小龍「もうじき来ます」
伊織「もうじき」
そう呟いた瞬間、大きな落雷の音が鳴り響いた。
伊織「キャッ」
反射的にその場にしゃがみ込む伊織。
小龍「ご安心を。決着がつきました」
伊織「決着?」
伊織は雲一つない空を見上げた。
そこへ、高松とアンナが現れる。
高松「神崎! 無事か!?」
アンナ「伊織ちゃん!?」
伊織「高松君? アンナちゃん?」
小龍「伊織様、行きますよ」
小龍が手を引けば、伊織は立ち上がったが、今の状況に戸惑いが隠せない。
高松「神崎、逃げるぞ! 犬神さ……姉ちゃんはどこに行ったんだ?」
伊織「瑞希さんは、さっき追手の人を見てくるって言って……」
すると、パサリと何処からともなく人型のボロボロになった瑞希が地面に転がっていた。
そして、その前には瑞希を見下ろす夾の姿。
伊織「え、夾……さん?」
夾「伊織、迎えに来たよ」
ニコリと笑う夾は両手を広げて一歩近づいた。
しかし、伊織は一歩後退する。
小龍「伊織様、大丈夫ですよ」
伊織「でも……」
高松「神崎! 行くぞ!」
困惑して動けないでいる伊織に向かって、黒ずくめのスーツを着た男らが五人走って来た。
男A「伊織様です!」
男B「捕まえろ! 絶対逃すな!」
高松「神崎!」
高松があいた方の伊織の手を取れば、パシッと夾に叩かれた。
高松「痛、何すんだよ」
夾「触んないで。伊織、行こう」
夾は、伊織の手を握る。けれど、伊織は握り返さない。
夾「伊織?」
伊織は、フッと諦めたように笑った。
伊織「私、もう大丈夫」
アンナ「伊織……ちゃん? 夾さんは伊織ちゃんのこと」
伊織は、首を横にふった。
伊織「もう良いの」
伊織(私のせいで、誰かが傷付くのは見たくない。いくら夾さんが私の味方だとしても……傷付くのは、私だけで十分。無能の私だけで)
伊織「私、幸せだったから。最後の最後に、こんな……恵まれて。ありがとう」
微笑めば、伊織は男らに乱暴に縄で縛られた——。
〇神崎家の納戸・夜
母屋から少し離れた、電気のない納戸。
息を吐けば、白い息が出る程、気温が低い。
毛布に包まって壁にもたれかかりながら座る伊織は、月明かりが射す小窓を見つめた。
伊織(ふふ。この部屋に入るのも最後かと思うと、存外悪くないかも)
モノローグ『この納戸は、お説教部屋だ』『説教と言っても、私は何も悪いことはしていないのだけれど』『苛々解消に閉じ込められていた』
見張りが外で待機する中、桜が扉を開けた。
桜「いい様ね。無能のくせに逃げるからよ」
嘲笑に歪む桜の顔が月明かりに照らされ、いつも以上に悪役に見える。
桜「何か言ったらどうなの?」
伊織「…………」
伊織は、桜の顔をしっかりと見据える。
桜「何よ」
伊織「桜の顔を見れるのも、あとわずかだと思ってさ」
桜「な、何よ。同情を引く気?」
伊織「そんなことしないよ。私に異能があったら、私たちの関係も違ったのかな」
桜「そ、そうかもね」
伊織「ねぇ、知ってる?」
伊織は、どこか遠くを見つめるように言った。
伊織「桜の名前、私が付けたんだよ」
桜「は? そんな馬鹿な……私が産まれた時、あんたまだ一歳じゃん」
伊織「春にね、桜の木に聞いたの」
◯回想中
神崎家の参道。季節は春。
伊織一歳
満開に咲く桜の花に、よちよち歩きの伊織が聞いた。
伊織「おなまえは?」
さくら『さくら』
伊織「しゃくら、かわい。しゃくら、しゃくら、しゃくら」
さがはっきり言えない伊織だが、その名前を気に入り連呼した。大きくなったお腹をさする母。
母「桜、良い名前ね。この子の名前、桜にしましょうか」
父「良いな。そうしよう」
◯現実に戻る。
桜「そんなのデタラメよ!」
伊織「私も、はっきりは覚えてないけどさ、さくらの木がいつも教えてくれるから、多分そうなのかなって。お母さん達に聞いてみて」
桜「何よ、それ。木が喋るわけないでしょ?」
伊織「え? 喋るよ。桜は、話したことないの? みんな個性的で楽しいよ。ねぇ?」
伊織が、桜の足元に生えている雑草に同意を求めれば、サワサワッと動いた。
雑草『おう! 最近伊織ここ来なかったから寂しかったんだぜ』
伊織「ふふ、寂しいって。あなた、もうここには来んなって言ってたじゃない」
雑草『それはだって、ここに来る時は閉じ込められる時だかんな。嫌に決まってんだろ』
伊織「ありがとう」
桜は、独り言を呟く伊織を見て顔を青くする。
桜「あ、頭、おかしくなったんじゃない!?」
そこへ、夾が桜の背後に立った。サァ……っと風が吹く。
夾「分かんない? 伊織は無能なんかじゃないんだよ」
桜「きょ、夾君!?」
夾「伊織は、植物と話が出来る。立派な異能の持ち主だよ」
龍の姿の夾と犬の姿の瑞希が衝突する。※周囲からは見えないし、衝突音も聞こえない。空気の揺れを感じる程度。
瑞希「その姿になるなんて、必死すぎない?」
夾「伊織は、僕の伴侶だからね」
夾が下を見れば、小龍(※人間の姿)が伊織のいる瑞希の部屋へと窓から入ろうとしていた。
瑞希「行かせない!」
瑞希は、目にもとまらぬ速さで小龍目掛けて駆け出した。が、夾は瑞希と小龍の間に雷を落とし、瑞希を止める。
夾「小龍! 急いで!」
小龍「分かってます」
瑞希「まぁ、良いわ。どうせあの子には近付けやしないから」
〇瑞希の部屋
押し入れの下の段には、小さく膝を三角に追って座る縮こまる伊織がいる。
伊織(瑞希さん大丈夫かな。うちの家族、容赦ないからな。私を匿ってるって知ったら、酷い目に合わされるかも……私のせいでそんなことになったら)
ギュッと赤いお守りを握りしめる伊織は、覚悟を決めたように襖を開けた。
その瞬間、どアップの小龍の顔がそこにあった。
伊織「え」
小龍「わ、襖が勝手に開いた」
伊織「あ、それは私が」
小龍「伊織様、行きましょう」
伊織「えっと、君は?」
伊織(もしかして、追手ってこの可愛い男の子? いや違うか。高松君の親戚の子かな)
小龍「説明は後です。とにかく早くここから出ますよ」
小龍が伊織に触ろうとすると、バチッと静電気のようなものが走った。
伊織「え、大丈夫!?」
伊織が小龍を触ろうとすれば、またもやバチッとなって触れない。
伊織「何? これ」
小龍「チッ、犬神の仕業か」
伊織「犬神様?」
その名を聞いた伊織は、自身の握りしめている赤いお守りを見た。
小龍「それか。伊織様、そのお守りをお捨て下さいませ」
伊織「お捨て下さいって言われても、お守りはちゃんと清めの儀式をしないと」
小龍「そうではありません。それを手放して下さい。そこに置いて下さい。でないと、夾様も伊織様に触れることが出来ません」
伊織「夾……様? って、夾さんのこと? 夾さんがここに来てるの? もしかして、追手って……」
不安げな表情になる伊織。
伊織(私のいない間に両親や桜から色々聞いて、夾さんはあの人達の味方に……もう、私の知る優しい夾さんはいないのかな)
小龍は、伊織の心を見透かすように真っすぐに目を見て言った。
小龍「ご安心を。夾様は、いつでも伊織様の味方ですから。私を信じて下さい」
伊織はその瞳を見つめ返し、小さく頷いた。
小龍「信じて下さるのですね」
伊織「大人は平気で嘘を吐くけど、君はまだ子供だから。子供は正直だから……子供の言うことは信じられる」
自分に言い聞かせるように伊織はお守りをそっと床に置いた。
小龍(子供じゃないんですけどね。まぁ、良いか)
小龍「行きましょう」
小龍が手を差し出せば、伊織はその手をギュッと握りしめた。
そして、そのまま部屋の外へと出た――。
〇駅前の改札→閑散とした住宅街(※時は、ほんの少し遡る)
駅の改札にピッとICカードをタッチする高松は、閑散とした住宅街を走る。その後ろを戸惑いの表情で付いて走るアンナ。
アンナ「ちょっと、高松君!? 授業良かったの!? てか、どこ向かってんの?」
高松「それどころじゃねー。見つかっちまった」
アンナ「見つかったって。何が」
高松「絶対見つかんねーって言ってたのに、何やってんだよ。犬神様!」
そして、その数十メートル後ろの方には、高松をずっと尾行していた神崎側の男が一人。イヤホンを耳につけて小声で話している。
男「間違いありません。あの焦りようは……」
男をチラリと見やる高松。
高松「あの後ろにいるのなんなんだよ。ただのフェイクかよ」
〇そして再び高松神社
境内の中を小龍と共に走る伊織。
伊織「夾さんは、どこにいるの?」
小龍はちらりと上を見上げる。
小龍「もうじき来ます」
伊織「もうじき」
そう呟いた瞬間、大きな落雷の音が鳴り響いた。
伊織「キャッ」
反射的にその場にしゃがみ込む伊織。
小龍「ご安心を。決着がつきました」
伊織「決着?」
伊織は雲一つない空を見上げた。
そこへ、高松とアンナが現れる。
高松「神崎! 無事か!?」
アンナ「伊織ちゃん!?」
伊織「高松君? アンナちゃん?」
小龍「伊織様、行きますよ」
小龍が手を引けば、伊織は立ち上がったが、今の状況に戸惑いが隠せない。
高松「神崎、逃げるぞ! 犬神さ……姉ちゃんはどこに行ったんだ?」
伊織「瑞希さんは、さっき追手の人を見てくるって言って……」
すると、パサリと何処からともなく人型のボロボロになった瑞希が地面に転がっていた。
そして、その前には瑞希を見下ろす夾の姿。
伊織「え、夾……さん?」
夾「伊織、迎えに来たよ」
ニコリと笑う夾は両手を広げて一歩近づいた。
しかし、伊織は一歩後退する。
小龍「伊織様、大丈夫ですよ」
伊織「でも……」
高松「神崎! 行くぞ!」
困惑して動けないでいる伊織に向かって、黒ずくめのスーツを着た男らが五人走って来た。
男A「伊織様です!」
男B「捕まえろ! 絶対逃すな!」
高松「神崎!」
高松があいた方の伊織の手を取れば、パシッと夾に叩かれた。
高松「痛、何すんだよ」
夾「触んないで。伊織、行こう」
夾は、伊織の手を握る。けれど、伊織は握り返さない。
夾「伊織?」
伊織は、フッと諦めたように笑った。
伊織「私、もう大丈夫」
アンナ「伊織……ちゃん? 夾さんは伊織ちゃんのこと」
伊織は、首を横にふった。
伊織「もう良いの」
伊織(私のせいで、誰かが傷付くのは見たくない。いくら夾さんが私の味方だとしても……傷付くのは、私だけで十分。無能の私だけで)
伊織「私、幸せだったから。最後の最後に、こんな……恵まれて。ありがとう」
微笑めば、伊織は男らに乱暴に縄で縛られた——。
〇神崎家の納戸・夜
母屋から少し離れた、電気のない納戸。
息を吐けば、白い息が出る程、気温が低い。
毛布に包まって壁にもたれかかりながら座る伊織は、月明かりが射す小窓を見つめた。
伊織(ふふ。この部屋に入るのも最後かと思うと、存外悪くないかも)
モノローグ『この納戸は、お説教部屋だ』『説教と言っても、私は何も悪いことはしていないのだけれど』『苛々解消に閉じ込められていた』
見張りが外で待機する中、桜が扉を開けた。
桜「いい様ね。無能のくせに逃げるからよ」
嘲笑に歪む桜の顔が月明かりに照らされ、いつも以上に悪役に見える。
桜「何か言ったらどうなの?」
伊織「…………」
伊織は、桜の顔をしっかりと見据える。
桜「何よ」
伊織「桜の顔を見れるのも、あとわずかだと思ってさ」
桜「な、何よ。同情を引く気?」
伊織「そんなことしないよ。私に異能があったら、私たちの関係も違ったのかな」
桜「そ、そうかもね」
伊織「ねぇ、知ってる?」
伊織は、どこか遠くを見つめるように言った。
伊織「桜の名前、私が付けたんだよ」
桜「は? そんな馬鹿な……私が産まれた時、あんたまだ一歳じゃん」
伊織「春にね、桜の木に聞いたの」
◯回想中
神崎家の参道。季節は春。
伊織一歳
満開に咲く桜の花に、よちよち歩きの伊織が聞いた。
伊織「おなまえは?」
さくら『さくら』
伊織「しゃくら、かわい。しゃくら、しゃくら、しゃくら」
さがはっきり言えない伊織だが、その名前を気に入り連呼した。大きくなったお腹をさする母。
母「桜、良い名前ね。この子の名前、桜にしましょうか」
父「良いな。そうしよう」
◯現実に戻る。
桜「そんなのデタラメよ!」
伊織「私も、はっきりは覚えてないけどさ、さくらの木がいつも教えてくれるから、多分そうなのかなって。お母さん達に聞いてみて」
桜「何よ、それ。木が喋るわけないでしょ?」
伊織「え? 喋るよ。桜は、話したことないの? みんな個性的で楽しいよ。ねぇ?」
伊織が、桜の足元に生えている雑草に同意を求めれば、サワサワッと動いた。
雑草『おう! 最近伊織ここ来なかったから寂しかったんだぜ』
伊織「ふふ、寂しいって。あなた、もうここには来んなって言ってたじゃない」
雑草『それはだって、ここに来る時は閉じ込められる時だかんな。嫌に決まってんだろ』
伊織「ありがとう」
桜は、独り言を呟く伊織を見て顔を青くする。
桜「あ、頭、おかしくなったんじゃない!?」
そこへ、夾が桜の背後に立った。サァ……っと風が吹く。
夾「分かんない? 伊織は無能なんかじゃないんだよ」
桜「きょ、夾君!?」
夾「伊織は、植物と話が出来る。立派な異能の持ち主だよ」



