無能な巫女は、龍神様に恋をする(※マンガシナリオ)

〇冒頭ヒキ・神社・神殿
モノローグ『この世界は龍神様の力で安寧が保たれている』『故に、龍神様の逆鱗に触れてはならない。龍神様が望むものを人間は与えなければならない』『それが、この世界を平穏に導く唯一の方法』
真っ白の着物姿の伊織は、逃げられないように両手を後ろ手に縛られる。そして、神殿の中へと足を踏み入れ、座らされた。
伊織(いおり)(私の十七年って、何だったんだろ……)
涙すら出ない伊織は、諦めたように俯いた。
すると、どこからともなくふわりと龍神様の(きょう)が現れた。※銀色の長髪を後ろで束ねた眉目秀麗な青年。煌びやかな着物姿。
その美しさに声も出ない伊織。
夾「行こう。僕の花嫁」
伊織「え……」
夾「これから、僕と一緒に幸せになろう?」
伊織「これから……?」
伊織(花嫁? それに、これからって……私に未来があるの?)

〇神社の境内・早朝
時は現代風。十一月という肌寒くなった季節。枯れ葉もたくさん落ちている。
伊織が鳥居から拝殿の前を掃き掃除する。※巫女姿
モノローグ『私、神崎伊織(かんざきいおり)高校二年生(十六歳)』『我が家は、この神崎神社』『そして、この神崎神社は、龍神様と最も近いとされる処』『それ故、我が神崎家の人間には特別な力が生まれつきある』『私以外――――』
伊織「はぁ……寒」
伊織は、箒を肩にもたれ掛からせ、両手をこすり合わせる。そして、そこに白い息をかけた。
――ドンッ!
後ろから伊織にわざとぶつかる一つ年下の妹の桜。※目がぱっちりとした可愛らしい顔立ちをしたポニーテールの少女。伊織と同じ高校の制服姿。
桜「まだやってんの? ほんと、グズだよね」
伊織「だったら、あなたも手伝いなさい」
桜「は? 誰に命令してんの? 無能のくせに」
伊織「ご、ごめん」
桜「仕方ないから手伝ってあげるわよ」
そう言って、桜は片手を集めた落ち葉に向けた。そして、どこからともなく風が吹き、せっかく集めた落ち葉が宙を舞って境内中に散らかった。
桜「これで良いかしら?」
伊織「桜……」
そこへ、宮司姿の父がやってくる。
父「伊織、まだ掃除は終わらないのか? 全然集まってないじゃないか」
伊織「これは、桜が」
桜は、癇癪を起したように怒り出す。
桜「何? 私が何かした? 無能のお姉ちゃんじゃあるまいし」
父「そうだぞ。桜は、お前とは違うんだ。言い訳せずに早くしなさい」
伊織「はい……」
腑に落ちない伊織だが、渋々掃除を再開する。
父は桜の頭を撫で、桜もまんざらでもない顔を見せる。
モノローグ『我が神崎家に与えられた異能。その中でも桜は特別で、風と水の二つの異能が扱える』『それに対し、私は何の能力も持たない無能』『無能は龍神様に愛されなかった証』『この家系に生まれてきたばっかりに、無能の私は存在意義すら否定される』
桜「パパ、今度新作のバックが出るんだけど……」
桜は、父の腕に絡みつく。
父「好きなものを買いなさい」
桜「やったぁ!」
伊織「お父さん。私」
父「お前には必要ないだろう。母さんのお古で十分だ」
伊織(まだ、何も言ってないのに)
伊織は、俯き加減に箒で落ち葉を集める。
父「たく、掃除もろくにできんのに、貪欲な奴だ。無能のくせに」
伊織「申し訳ありません」
頭を下げて父と桜が去るのを待とうとすれば、父が思い出したように言った。
父「あ、そうだ。先日、龍神様から知らせがあった」
伊織「龍神様から……ですか?」
父「ああ、来年の元旦に献上する龍神様への供物が決定した」
伊織(そんなの私に報告してくれたことなんて一度もないのに。どうしたんだろう)
モノローグ『龍神様の欲するものは、宮司である父に知らせが来るようになっている』『どうやって知らせが来るのかは機密事項なので宮司になった者しか知らないが、それ以前に、無能の私に龍神様の情報は一切入って来ない』『だから、龍神様なんて嘘なんじゃないかと疑っていたところだ』
父は何の躊躇いもなく言った。
父「龍神様は、若い女の生贄を御所望でな、お前を供物にすることにした」
伊織「え……」
伊織(聞き間違いだろうか。聞き間違いであってほしい)
伊織「それは……私じゃなきゃダメなんですか?」
父「神崎家の人間でなければならんらしい。無能のお前でも役に立てることがあって良かったな」
父の言葉に、桜も嘲笑しながら言った。
桜「へぇ、お姉ちゃん餌になるんだ。龍神様って龍でしょ? パクッと食べられちゃうのかな?」
父「毎年、高級な酒ばかりだったからな。母さんも来年は安上がりで済むって喜んでいたよ」
桜「もう、パパもママも酷ーい。お姉ちゃんが可哀そうじゃん。今日誕生日だよ」
そう言いながらも、父と笑い合う桜。
伊織(私って……お酒以下の価値なんだ)
絶望的な表情の伊織。
モノローグ『いくら無能と虐げられても……これでも私の親だから』『だから、きっと少しくらいは私のことを愛してくれているのだと思っていた』『それなのに……それなのに――』
伊織は、涙すら出なかった。呆然と、父と桜が手を振って別々の方へと歩くのをただただ眺めていた――。

〇登校中の電車・朝
伊織は電車に揺られながら、文庫本を片手に眺める。
伊織(これの続編、二月に出るんだよなぁ……)
そんなことを考えながら、文庫本の向こうを覗き見る。そこには、黒ずくめのスーツ姿の男が立っている。離れてもう一人。
モノローグ『彼らは私の監視役らしい。私が逃げないように雇ったのだとか』『逃げれば、桜を生贄に差し出さなければならないから』『酒以下の私だが、そこはお金をかけるらしい』
隣に立っている女性をチラリと横目で見た。
伊織(隣の人も、その隣の人も異能なんて使えないのに。なんで私だけ……)
モノローグ『そう、異能が使えるのは、あくまでも神崎家の人間だけ』『他の人は使えない』『普通なら、異能が扱える方が気味悪がられそうな気がするのに、この世界は龍神様の言い伝えが根強く残っているため、むしろ神崎家の人間を崇拝すらしている』
伊織(はぁ……何で私だけ――。でも、今日のはお父さんのドッキリかもしれないし。いつものように、みんなで私を揶揄って遊んでるだけかも)
モノローグ『この時はまだ、信じたくなかった。嘘だと思いたかった――――』


〇学校・昼
昼休憩。
それぞれ仲の良いグループに分かれ、席をくっつけながら弁当を食べ始める。
伊織は窓際の一番後ろの席で独りぼっちで食べる。
モノローグ『友達はいない。無能の私と一緒にいると無能が移るらしい』
伊織(移るわけないじゃん。ってか、百歩譲って桜に言われるならまだ分かる。でも、この学校にいる人みんな無能じゃん。だれも異能を使えないくせに……)
そんな私にクラスメイトの女子三人組が、嘲笑を浮かべながら声をかけてきた。
女子A「妹の桜ちゃんから聞いたんだけど、生贄にされるって本当?」
伊織(桜、もう言いふらしてるんだ……ドッキリにしては、吹聴しすぎじゃない?)
教室の中を見渡せば、ひそひそと伊織の方を見て話している。
女子B「生贄なんて無能にぴったりじゃん!」
女子C「てことはさ、来年から無能の顔見なくてすむんでしょ? ラッキー」
伊織は、悔しさを我慢しながら、無理矢理笑顔を作った。
伊織「はは、そんなこと言わないでよ。私だって生贄なんて……」
モノローグ『軽く返そうと思ったのに、喉につっかえて出てこない』『油断したら、涙がこぼれそうになる』
伊織「わ、私、違うところで食べてくる」
伊織は、お弁当を手早く包み直し、好奇の目から逃げるように教室を出た——。

◯自宅の居間・夕方
台所で夕飯の準備を済ませた伊織は、食事をお膳に乗せながら居間に向かう。
モノローグ『食事や家事全般、私の仕事』『今日が誕生日だからって関係ない』
伊織(ん? 電気、消したっけ)
何故か居間の電気が消えていた。お膳を一旦床に置いてから、手探りで電気のスイッチを探す伊織。
電気をつけるなり、破裂音がした。
——パン! パン! パン!
両親と桜がクラッカーを鳴らしたようだ。
桜「お姉ちゃん、誕生日おめでとう!」
母「おめでとう。ほら、ケーキも買って来たんだから」
父「おめでとう」
机に置かれたイチゴのホールケーキ。
伊織(私の為のケーキ……ずっと憧れていた。けど、このケーキが、生贄は本当なんだと物語っているようで……)
伊織は固まったまま動けない。
父が伊織の肩にポンと手を置いた。
父「これが最後の誕生日になるんだな」
そして、母と桜も嬉しそうに言う。
母「無能でも、私たちの娘。いなくなるのは悲しいわね」
桜「もう、ママったら。全然悲しそうじゃないじゃん」
母「ふふ、バレちゃった?」
桜「でも、龍神様も酷いよね。いくら失敗作だからって、排除までしなくて良いのにね。こんなんでも役に————立ってなかったか」
ハハハハハと笑い合う三人が、歪んで見える。
伊織の目からは、涙がポロポロポロポロと流れ落ちていた。
伊織「どうして……」
母「さぁ、ケーキ食べましょう」
桜「ほら、無能の分。大きく切ってあげる」
切り分けたケーキの皿を手渡してくる桜。伊織は、その手を払いのけた。ケーキはぐしゃりと床に落ちる。
桜「何すんのよ。生贄の分際で」
伊織「どうして……」
桜は、異能で伊織の頭に水を浴びせた。
桜「何、調子乗っちゃってんの? わざわざ私たちが誕生日祝ってやるって言ってんじゃん」
伊織「そんなの頼んでない……」
父「やはり、最後まで無能は無能か」
溜め息を吐く父。そして、母もケーキを拾いながら呆れたように言った。
母「うちには桜がいれば十分ね。こんな恩知らず、いなくなってせいせいだわ」
伊織(やっぱり生贄は本当なんだ……私は、何の為に生まれて来たの……) 
モノローグ『無能と罵られ虐げられても、いつかはこの神崎家を出て、普通に暮らしたかった』『普通』『そんなことも叶わないなんて——』
伊織は、唇をかみしめながら居間を出た――。

〇拝殿の前
涙を拭いながら、伊織は賽銭箱の前に立った。
伊織「龍神様なんて……龍神様なんて……」
拳を握りしめながら呟く伊織。
階段をゆっくりと上がってくるのは、小さな花束を手に持った龍神の(きょう)。※銀色の長髪を後ろで結んだ煌びやかな着物姿。
夾は鳥居をくぐるなり、伊織の姿を捉えた。
夾(あ、あれが僕の花嫁さんか。まさか今日が誕生日なんて知らないから、こんな物しか準備できなかった。喜んでくれるかな)
花束をギュッと握りしめ、夾が口を開こうとした時だった。伊織が思い切り叫んだ。
伊織「龍神様なんて……龍神様なんて、大っ嫌い!!」
肩で息をする伊織を呆気に取られながら見る夾。
夾(僕、嫌われてる……?)