その男の子は、僕の目の前にどすんと座った。
「おい、猫」
なな、なにっ!?そんな強く僕のことを呼ぶなんて…!
「なんで俺らの喧嘩の邪魔したんだよ」
それは、君が危なかったからに決まってるでしょ。そんなことくらい感じなさいよ。
男の子は顔を伏せていたが、僕がじっと見つめると、顔を上げた。
なんて可愛らしい顔。まるで女の子みたいだ。
しかし、ぱっちりとした瞳には、薄く涙がうかんでいる。
「ようやく勝てると思ったのに。邪魔しないでほしかったのに…」
ぽろ、と一滴、涙が落ちた。
夕日で雲がオレンジ色に色づいてきた頃に落ちた涙は、琥珀のようだった。
この子はずっと、あの高校生たちに勝ちたかったのかな?でも、どうして?
しばらくの間、男の子は泣いていた。僕はなんだか心配で、男の子にすりすりとした。
これで少し落ち着くといいな。
「女子みたいって、弱いって言われんのは、もうやだ…!」
男の子は、泣きながらそう言った。
そうか、ずっと弱いと思われていたのが、悔しかったんだね。君なりに、強くあろうと頑張ったんだね。
僕は聞いているから、大丈夫だよ。
男の子は、ほんの少し声を出して泣いている。
僕の前で泣けてよかったね。
昔、誰かから聞いたことがある。涙は、我慢すれば我慢したほど、溢れ出たときに止まらなくなる、と。
僕たちにも心はあるけれど、悲しくて涙が出ることはない。
でも、僕たちだって、人間と同じように泣きたいくらい悲しいときがある。
きっと僕は、その記憶を代償にして、人間に興味を持つ心を手に入れたのだと思う。
「俺、いつも小学校のとき女みたいって言われてて…。だから強いように見えるかなって、不良になってみた」
だんだんと呼吸が落ち着き、男の子が話をしてくれるようになってきた。
やっぱり。容姿で傷つけられることは、つらいもんね。
「でも、もっと孤独になって、悲しくなるだけだった…」
確かに、不良に近づく人は、不良しかいないだろう。でも僕は、この地域の不良といったら、あの高校生たちしか知らない。
僕も、孤独はつらいってわかるよ。一匹、と、孤独、って、全くの別物。
孤独なときって、じゅわって心の一部が溶けて、崩されていく感じがするの。
でももう君は大丈夫。
一人、になるだけだよ。
だって、ここに来れば、いつでも話せるでしょ?
僕がここにいるでしょ?