徹夜で終わらせた裁縫と仕事が祟ったのか、翌日は一日中体が重かった。それでも何とか定時でタスクをやっつけ、華金に浮かれるサラリーマンたちをかき分け碧を園まで迎えに行く。
おかえりなさーい!と昨日と変わらず己を迎え入れてくれた担任は、直ぐに碧を呼ぶ。
「碧くんママ、お帰りなさい! お遊戯会の衣装の作製ありがとうございました! 碧くんとっても喜んでましたよ〜」
「あ……いえ。遅くなってすみません」
「明日は遊園地行くんですか? 碧くんが朝からずーっと楽しそうにお話してましたよ! 楽しんできてくださいね!」
遊園地?と一瞬首をひねりハッと息を飲んだ。慌ててスマホのスケジュールを確認すると、確かに遊園地の文字が入っている。
そうだ、明日は遊園地で碧が好きな戦隊アニメのヒーローショーがあって、予防接種のご褒美に観に行く約束をしていたんだ。
また碧との約束を忘れていた自分に酷く落胆する。昨日"もっとちゃんとしよう"と反省したばかりなのに。
「ママー! 明日ゆうえんちだよね!」
帰り支度を整えた碧が腰に抱きついてきた。歪んだ帽子を整えながら「うん」と頷く。楽しみだね〜、と満面の笑みを浮かべた碧の丸い頬っぺたをそっと撫でた。
叱られて遊園地が取りやめになるのを恐れているのか、帰りの電車から眠りにつくまで、碧は見違えるようにいい子だった。
ヒーローのフィギュアを握りしめながら幸せそうに口角を上げて眠る寝顔に思わず笑ってしまう。いつもこうなら助かるんだけどな、と言ったところで意味はないだろう。
ズキン、と頭の奥が激しく傷んだ。咄嗟にこめかみを抑えてゆっくり立ち上がる。額を抑えると普段よりも熱を持っている気がしてひとつ息を吐く。
流し台で水を飲み、常備薬を流し込んだ。
明日できない分溜まった家事を終わらせてから寝ようとしたけれど、今すぐ寝た方がいいかもしれない。
すぐに部屋の電気を落として、碧の隣に潜り込む。自分よりもやや高い体温は心地よく。小さなその手を握りしめているうちにあっという間に眠りについた。

己の身震いとともに目が覚めた。布団を被っているはずなのにガタガタと震えが止まらず、パジャマはびっしょりと汗で湿っている。間違いなく昨夜よりも熱が高くなっている。
布団から這うように抜け出して、最後の気力で体温計を差し込む。挟んですぐにぐんぐんと大きくなっていく数字に、思い出したかのように目が回り始める。最後に示した数字は40を超えていた。
「ママぁ……?」
物音に目が覚めたらしい。ブランケットを引きずりながら眠い目を擦って碧が歩いてくる。
「ゆうえんち、いく?」
ああ、そうだ遊園地。ぎゅっと目を瞑ってあれこれ考える。
「碧ごめん」
眠気まなこの碧が首を傾げた。
「ママお熱出ちゃって、遊園地行けそうにないの。だから、来週でもいい?」
「ゆうえんち……行かないの?」
「今日は行けないの。でもママが元気になったら連れて行ってあげるから」
やがて言葉の意味を理解したらしい、くしゃりと顔を歪めた。
「ゆうえんちいくって、言ったのにぃ!」
「でもお熱があって、ママ今日はお外に出るのがつらいの。来週絶対に連れて行ってあげるから」
「やだーッ! きょうがいいの!」
びたんとその場に勢いよく座り込んだ碧は手足をドタバタと床に叩きつける。足がテーブルにあたって、体温計が床に転がり落ちた。
力の入らない手で泣きじゃくる碧を抱きしめる。必死に背中をさすっても、小さな拳はぽかぽかと己を叩いた。
分かってくれない碧に無性に腹が立って、泣き声をうるさいと思ってしまう。もう碧にどう接してなんと声をかけてあげればいいのかが分からない。
頭に響く。目が回る。寒い。
もう無理。もう、限界だ。