結局家に着くまでくずっていた碧を風呂に入れて寝かし付けた頃には時間は12時を超えていた。洗濯物も洗い物も、仕事にもまだ手をつけられていない。リビングは散らかった積み木に出しっぱなしのモノレールで足の踏み場もなかった。
崩れるようにダイニングテーブルの前に座る。テーブルの隅に避けていた衣装の素材と縫い方のプリントを広げて額を抑える。
自分の裁縫スキルは重々承知だ。徹夜コースが確定して肺の空気を全て吐き出す。裁縫箱から針と糸を取りだした。
とにかく黙々と手を動かした。三時間くらいが経過して、隣の部屋からは碧の深い寝息が聞こえてくる。
机の上には白とピンクのフェルト、鈴やリボン、ちぎれた糸くずが散乱していた。それなりの形になりつつある衣装を淡々と縫い合わせていた。肩はこわばり、腰は痛く、手首は微かに震える。
布を押さえる手を動かしながら、頭の中では今日のことが繰り返される。つい怒鳴ってしまった時の碧の反応、あの小さな目に浮かんだ不安そうな表情。
自分は母親として、ちゃんとできているのだろうか。
怒鳴ってしまうたびに自分の価値を疑い、育児の手順のすべてが間違っているように感じられる。
針を通す手はぶれそうになり、ほつれた端を縫い直す。体は疲労で重く、目は乾き、まぶたは落ちそうになる。けれど止まるわけにはいかない。止めれば、怒鳴った自分、子どもに完璧な母親になれない自分が頭の中で押し寄せるからだ。
言葉にはならない不安が胸に沈む。シングルマザーとしてこれまで碧のためにできる限りの事をしてきた。父親がいない分寂しい思いをさせないように、不自由をさせないように、周りから見下されないように。けれど自分一人で碧の親をするには限界があって、どうしてもほころびが出てしまう。こうして碧にお遊戯会の衣装ひとつ、ちゃんと用意してやれなかったのだ。
淡々と布を縫い合わせながらも、心の中は絶えず揺れていた。
周りの目や世間の期待を意識すればするほど、心は追い詰められる。今日の自分の行動、昨日の自分の選択、すべてが不安材料に思えてしまう。
自分は本当に母親として正しい道を歩んでいるのか。碧にとって十分な母親であり続けられるのか。疲労と不安が絡まり合い、体中に重くのしかかる。
鼻の奥のツンとした感覚に唇を噛み締める。衣装の上にぽたりと雫が落ちる。それでも必死に手を動かし続けた。