ちりんちりん──今日もパ・ドゥ・シャのドアベルは優しく鳴り響く。
「穂咲ちゃん、小麦。こんにちは」
「あっ、里奈さんいらっしゃい! あと五分でクリームパンできるよ」
あの日からパ・ドゥ・シャに通うようになった里奈は、いまではもうすっかり常連客だ。今日もレジの上で丸くなる小麦の頭を撫でて穂咲に微笑む。ショートボブになった髪を耳にかけた里奈は、トートバッグの中からチラシを取り出す。
「明日のパン買いに来たよ。それと穂咲ちゃんにお願いがあって」
「お願い?」
「そう。私今、野良猫を保護するボランティア活動をしている団体にいるんだけど、その譲渡会が近々あって。だからお知らせのチラシをお店に貼って欲しくて」
チラシに写った猫の写真を興味深げにくんくんと嗅いだ小麦。なーんだ、そういうこと!と手を打った穂咲は返事をするよりも先に引き出しからセロハンテープを取り出して店の窓ガラスに貼っつける。
「これもうちょっとある? お店で配ってあげるよ」
「ほんとに? めちゃくちゃ助かる!」
すぐにクリアファイルごと穂咲に託せば、「任せなさい!」と得意げに胸を叩いた。
「おい穂咲、クリームパン」
厨房から稔雄が顔を出した。トレーに並べられたクリームパンは相変わらず包み込むような優しい香りがする。
「穂咲ちゃん、クリームパン2個ちょうだい! 1個は食べながら帰るからそのままで」
「了解!」
穂咲が金額を出すよりも先に320円を銀のトレーに並べる。慣れた手つきでレシートを出した穂咲は「熱いから気を付けてね」とまだ湯気の出ているクリームパンを里奈に手渡す。
あちち、と破顔しながら里奈は改めて礼を伝えた。もう少し話していたいところだけれど、後ろに客が並んでいたのですぐに列をずれた。
「あ、里奈ちゃん!」
思い出したように声を上げた穂咲がレジから身を乗り出す。ドアノブに手をかけていた里奈は目を瞬かせながら振り返った。
「そのカットソーすごく素敵、オレンジ色似合ってるね!」
思わず服を見下ろした。鮮やかなオレンジ色が目に映る。ふふふ、と小さく笑って顔を上げた。
「ありがとう。私も自分によく似合ってると思ってるんだ」
小さく手を振り店を出た。出来たてのクリームパンにかぶりつく。相変わらず美味しいそれに舌鼓を打ちながら、里奈は大きく伸びをした。
今日のクリームパンは完璧で、そして明日の私もきっと完璧だ。