最寄り駅近くの駅前商店街をふらふらと歩いていると、きゅううと腹が鳴った。ちょうど肉屋の前を通り掛かったのでコロッケでも買おうかと列に並ぶ。メンチカツもいいなとポケットを漁って、手ぶらで飛び出してきてしまったことに気付いた。持っているのは辛うじて握っていたスマートフォンだけだった。
「いらっしゃい! 何にする?」
店主のおばさんがハツラツと聞いてきた。
「あの、電子マネー使えますか?」
「あー、ごめんね! うち現金だけなのよ!」
「そうですか。じゃあ大丈夫です。すみません」
列を抜けて歩き出す。またお腹はきゅうう鳴った。
本当にどうしよう。このままじゃ空腹で野垂れ死ぬか、雨風に晒されて野垂れ死ぬか。
とりあえず彼とは別れることになるだろうし、流石に荷物の整理をする時間くらいは設けてくれるだろうか。まさかこの間に荷物を捨てられたりはしないよね。
でも今すぐ帰って彼と顔を合わせるのも、後輩と顔を合わせるのも気まずい。やっぱり今日はどこかで一泊しよう。ホテルって予約必須なんだっけ。一旦どこかに座って調べる?
顔を上げたその時、ふわりと小麦の焼けた香ばしい香りがして吸い寄せられるように視線が動いた。日焼けした紺色のオーニングには「ベーカリー」と書かれており、店名は恐らく英語以外の言語だ。
ガラス窓の向こうには様々な種類のパンが陳列していて、お客さんは頬を緩ませながらパンを吟味している。
また腹が鳴る。気がつけば店のドアノブを握りしめていた。
ちりんちりん、と猫の首輪に着いているすずのような音色のドアベルが鳴ると「いらっしゃいませ!」とレジにいた店員が笑顔を向ける。小さく頭を下げてそっとレジに歩みよった。
「あの……電子マネー使えますか?」
「はい! 各種ご利用いただけます」
にっこりと笑った店員は里奈よりかいくつか若いようだった。そのやり取りだけでも、彼女がとてもしっかりしている性格だということが分かる。
とにかく電子マネーが使えるなら、ここで何か買ってから考えよう。
そう思って小さく頭を下げたその時、ちりんちりんという軽やかな鈴の音色とともに店員の脇からするりと茶トラ猫が現れた。猫は里奈をちらりと見上げたあと、ひとつ大きな欠伸をしてレジ台に丸くなる。
「猫……」
「びっくりさせてすみません、うちの看板猫なんです。一応毛や汚れがつかないように対策しているんですけど、気になるようでしたら部屋に戻します」
慌ててそう答えた店員。茶トラ猫に視線を戻す。
「あの……撫でてもいいですか?」
店員は何度か瞬きをしたあと「もちろんです!」と歯を見せて笑う。
「小麦っていいます」
茶トラ猫──小麦の顔にソッと手を近づける。ピクリと耳を揺らした小麦はパチリと目を開けて里奈の顔と手を交互に見比べる。そして自ら鼻をちかづけて里奈の指を嗅いだあと、また前足に顔を埋めた。どうやらお触りは許されたらしい。
毛流れに沿って背中を撫でる。温かくて柔らかい。小さい頃実家で飼っていた三毛猫のことを思い出した。私が高校生の頃まで生きていた。
本当は彼と同棲を始める前に猫を飼おうかと考えていて、ペット可の物件に住んでいた。けれど彼と同棲を始め、彼が動物嫌いなこともありその夢は叶わぬままになった。
耳の後ろを擽るように撫でるとゴロゴロと喉の奥を鳴らせる。
「わっ凄い。この子私にすらあんまりゴロゴロ言わないんですよ」
店員が驚いたようにそう言った。なんだか照れくさくて肩をすくめる。猫に好かれるポイントは触りすぎないことだ。もう少し小麦と交流したいところだったけれど、潔く手を離す。
手のひらに残った小麦の温もりを感じながら、トレーと金のトングを手に取った。
「いらっしゃい! 何にする?」
店主のおばさんがハツラツと聞いてきた。
「あの、電子マネー使えますか?」
「あー、ごめんね! うち現金だけなのよ!」
「そうですか。じゃあ大丈夫です。すみません」
列を抜けて歩き出す。またお腹はきゅうう鳴った。
本当にどうしよう。このままじゃ空腹で野垂れ死ぬか、雨風に晒されて野垂れ死ぬか。
とりあえず彼とは別れることになるだろうし、流石に荷物の整理をする時間くらいは設けてくれるだろうか。まさかこの間に荷物を捨てられたりはしないよね。
でも今すぐ帰って彼と顔を合わせるのも、後輩と顔を合わせるのも気まずい。やっぱり今日はどこかで一泊しよう。ホテルって予約必須なんだっけ。一旦どこかに座って調べる?
顔を上げたその時、ふわりと小麦の焼けた香ばしい香りがして吸い寄せられるように視線が動いた。日焼けした紺色のオーニングには「ベーカリー」と書かれており、店名は恐らく英語以外の言語だ。
ガラス窓の向こうには様々な種類のパンが陳列していて、お客さんは頬を緩ませながらパンを吟味している。
また腹が鳴る。気がつけば店のドアノブを握りしめていた。
ちりんちりん、と猫の首輪に着いているすずのような音色のドアベルが鳴ると「いらっしゃいませ!」とレジにいた店員が笑顔を向ける。小さく頭を下げてそっとレジに歩みよった。
「あの……電子マネー使えますか?」
「はい! 各種ご利用いただけます」
にっこりと笑った店員は里奈よりかいくつか若いようだった。そのやり取りだけでも、彼女がとてもしっかりしている性格だということが分かる。
とにかく電子マネーが使えるなら、ここで何か買ってから考えよう。
そう思って小さく頭を下げたその時、ちりんちりんという軽やかな鈴の音色とともに店員の脇からするりと茶トラ猫が現れた。猫は里奈をちらりと見上げたあと、ひとつ大きな欠伸をしてレジ台に丸くなる。
「猫……」
「びっくりさせてすみません、うちの看板猫なんです。一応毛や汚れがつかないように対策しているんですけど、気になるようでしたら部屋に戻します」
慌ててそう答えた店員。茶トラ猫に視線を戻す。
「あの……撫でてもいいですか?」
店員は何度か瞬きをしたあと「もちろんです!」と歯を見せて笑う。
「小麦っていいます」
茶トラ猫──小麦の顔にソッと手を近づける。ピクリと耳を揺らした小麦はパチリと目を開けて里奈の顔と手を交互に見比べる。そして自ら鼻をちかづけて里奈の指を嗅いだあと、また前足に顔を埋めた。どうやらお触りは許されたらしい。
毛流れに沿って背中を撫でる。温かくて柔らかい。小さい頃実家で飼っていた三毛猫のことを思い出した。私が高校生の頃まで生きていた。
本当は彼と同棲を始める前に猫を飼おうかと考えていて、ペット可の物件に住んでいた。けれど彼と同棲を始め、彼が動物嫌いなこともありその夢は叶わぬままになった。
耳の後ろを擽るように撫でるとゴロゴロと喉の奥を鳴らせる。
「わっ凄い。この子私にすらあんまりゴロゴロ言わないんですよ」
店員が驚いたようにそう言った。なんだか照れくさくて肩をすくめる。猫に好かれるポイントは触りすぎないことだ。もう少し小麦と交流したいところだったけれど、潔く手を離す。
手のひらに残った小麦の温もりを感じながら、トレーと金のトングを手に取った。



