部屋に戻ってきた。なんだかどっと疲れが出て沈むようにソファーに座る。危ないことをした、心配をかけたんだからすぐに叱らなければならないのに、もうその元気すらない。
隣に座った碧が、クリーム色の袋を早苗の膝の上に置いた。
「ママ、これあげる」
「これは……?」
「あけてあけて!」
手を突っ込んでビニールに包まれたパンを取り出す。なかから出てきたのは鮮やかなピーマンとコーンにウィンナーがのったピザパンだった。碧を叱りつけた苦い記憶が蘇る。
「あのね、ママ、これ食べたらにこにこになるでしょ? だから、あおくんママとこれたべるの」
え、と戸惑いの声が漏れる。碧はビニール袋からパンを取りだして不器用手つきで半分に割った。
「ママと、これ作ったのたのしかったから。ママも、いっぱいにこにこしてたから。ママ、げんきになるぱんでしょ!」
ピザパンを作った? 碧と私が? そんなのいつ──記憶を遡り、やっとたどり着いたのは碧が三歳の誕生日を迎えた日のことだ。
旦那とは離婚したばかりで金銭的に厳しく、碧には十分なお祝いを用意してあげることができなかった。せめて何か楽しい思い出になればと思って用意したのが、薄切りの食パンに好きにピザの具を乗せて焼くピザパーティーだった。
ケチャップで食パンに落書きをして、具でお互いの顔を作り何枚も焼いては一緒に食べた。口の周りをケチャップまみれにする碧がおかしくて、笑いながら写真を撮った記憶がある。
それを、覚えていたということ?
「ほんとはあおくんがね、作ってあげたかったんだけどね。つくりかたわからないから。ごめんねママ」
はい、と半分に割ったピザパンを差し出した。早苗が受け取ったのを確認すると、碧は大きな口を開けてかぶりつく。苦手なピーマンをぱくりとたべた。
釣られるように頬張った。ケチャップのほのかな甘みとウィンナーの油が口いっぱいに広がる。チーズのしょっぱさが全部の素材を包み込んでどこか懐かしい味がした。
口の周りにはあの時の同じように、豪快なケチャップの髭ができる。
「碧、ケチャップのおヒゲできてる」
ふえ?と間抜けな顔で自分を見上げる碧に思わずプッと吹き出した。
1度しかない三歳の誕生日、大したことはしてあげられなかった。けれど碧にとってはちゃんと楽しかった思い出として心に残っていた。
世間の目を気にして碧を叱ってばっかりで、自分の育児に不安になって視野がぎゅっと狭くなっていた。でも碧はいつの間にか、誰かを喜ばせようと頑張れる男の子に育っていた。
自分の育児は間違っていたかもしれない。けれど碧は今笑っていて、誰かの為に頑張れる子に育った。もうそれで十分じゃないか。正解とか不正解とかそんなのは、もうどうでもいいじゃないか。
「ママ、どうしたの?」
碧が不安で瞳を揺らしながら早苗をみあげる。気が付けば涙がまつ毛を超えていた。慌ててゴシゴシと袖で拭う。
「なんでもないよ。碧が買ってきてくれたピザパン、すーっごく美味しい」
勢いよくかぶりついた。碧がケラケラと笑い声をあげる。
「ママもおひげできてるー!」
「ええ? じゃあチューしちゃえ!」
がばっと抱きつけば碧が「きゃあっ」と楽しそうな悲鳴をあげる。
小さな体を抱きしめる。小さいと思っていたはずの体は、確かに昨日よりかは大きくなっていた。
隣に座った碧が、クリーム色の袋を早苗の膝の上に置いた。
「ママ、これあげる」
「これは……?」
「あけてあけて!」
手を突っ込んでビニールに包まれたパンを取り出す。なかから出てきたのは鮮やかなピーマンとコーンにウィンナーがのったピザパンだった。碧を叱りつけた苦い記憶が蘇る。
「あのね、ママ、これ食べたらにこにこになるでしょ? だから、あおくんママとこれたべるの」
え、と戸惑いの声が漏れる。碧はビニール袋からパンを取りだして不器用手つきで半分に割った。
「ママと、これ作ったのたのしかったから。ママも、いっぱいにこにこしてたから。ママ、げんきになるぱんでしょ!」
ピザパンを作った? 碧と私が? そんなのいつ──記憶を遡り、やっとたどり着いたのは碧が三歳の誕生日を迎えた日のことだ。
旦那とは離婚したばかりで金銭的に厳しく、碧には十分なお祝いを用意してあげることができなかった。せめて何か楽しい思い出になればと思って用意したのが、薄切りの食パンに好きにピザの具を乗せて焼くピザパーティーだった。
ケチャップで食パンに落書きをして、具でお互いの顔を作り何枚も焼いては一緒に食べた。口の周りをケチャップまみれにする碧がおかしくて、笑いながら写真を撮った記憶がある。
それを、覚えていたということ?
「ほんとはあおくんがね、作ってあげたかったんだけどね。つくりかたわからないから。ごめんねママ」
はい、と半分に割ったピザパンを差し出した。早苗が受け取ったのを確認すると、碧は大きな口を開けてかぶりつく。苦手なピーマンをぱくりとたべた。
釣られるように頬張った。ケチャップのほのかな甘みとウィンナーの油が口いっぱいに広がる。チーズのしょっぱさが全部の素材を包み込んでどこか懐かしい味がした。
口の周りにはあの時の同じように、豪快なケチャップの髭ができる。
「碧、ケチャップのおヒゲできてる」
ふえ?と間抜けな顔で自分を見上げる碧に思わずプッと吹き出した。
1度しかない三歳の誕生日、大したことはしてあげられなかった。けれど碧にとってはちゃんと楽しかった思い出として心に残っていた。
世間の目を気にして碧を叱ってばっかりで、自分の育児に不安になって視野がぎゅっと狭くなっていた。でも碧はいつの間にか、誰かを喜ばせようと頑張れる男の子に育っていた。
自分の育児は間違っていたかもしれない。けれど碧は今笑っていて、誰かの為に頑張れる子に育った。もうそれで十分じゃないか。正解とか不正解とかそんなのは、もうどうでもいいじゃないか。
「ママ、どうしたの?」
碧が不安で瞳を揺らしながら早苗をみあげる。気が付けば涙がまつ毛を超えていた。慌ててゴシゴシと袖で拭う。
「なんでもないよ。碧が買ってきてくれたピザパン、すーっごく美味しい」
勢いよくかぶりついた。碧がケラケラと笑い声をあげる。
「ママもおひげできてるー!」
「ええ? じゃあチューしちゃえ!」
がばっと抱きつけば碧が「きゃあっ」と楽しそうな悲鳴をあげる。
小さな体を抱きしめる。小さいと思っていたはずの体は、確かに昨日よりかは大きくなっていた。



