いつの間にか眠っていた。ソファーに横になっていて、肩には碧が気に入っているヒーロー物のブランケットがかけられている。寒気はかなり収まっていた。
重い頭を抑えながら起き上がって時計を見る。時刻は三時過ぎを差していた。はっと我に返る。碧の昼ごはんを用意していない。
「碧ごめん! お腹すいたよね、いま何か作るか……碧?」
部屋の中はしんと静まり返っている。テレビも着いていなければ、おもちゃも散らかっていない。飛び起きて部屋中を探し回る。お風呂にもトイレにもクローゼットの中にも碧の姿はない。
ふとに入った玄関扉の前に碧が気に入っているヒーローのキャラクターが描かれた椅子が置いてあった。必ずかけるようにしている内鍵のチェーンが外れている。
どんどん血の気が引いていく。
「うそ、うそ……!」
おぼつかない足で玄関へ向かう。碧の靴が一足ない。頭が理解するよりも先に無我夢中で外に飛び出した。
転がるように階段を駆け下りた。狂ったように碧の名前を叫ぶ。返事はない。姿も見えない。目の前が真っ白になる。何も考えられない。
瞬く間に悪い考えが頭の中を駆け巡る。事故、誘拐、行方不明。碧の泣きじゃくる顔が浮かんでは消えて、気が狂いそうになった。
最後の段差で足を踏み外した。転がり落ちた末に地面に膝を着く。じわりと血が滲み出すけれど、痛みも何も感じない。
「碧……! 碧どこなの!」
息の仕方がわからず、何をしたらいいのかも分からず、ただ途方もない恐怖でガタガタと手が震えた。
「うそ、お願い碧! 返事して! 碧ッ!」
視界が激しく歪んだその時、「──ママ?」聞きなれた声が遠くから聞こえた。勢いよく顔を上げると、遠くから歩いてくる人物が見えた。女性と手を繋いでいる小さな男の子だ。慌てて目を擦れば、真っ直ぐにこちらへ駆け寄ってくる姿が見えた。
「ママー! ただいま!」
勢いそのままに自分の首へ抱きついてきたほんのり温かい小さなからだ。呆然とその背中に触れれば、不思議そうに顔をのぞき込まれる。
己を信じきった純粋な瞳。柔らかい髪に愛おしさが詰まった丸い頬。
「碧ッ……!」
小さな体を力一杯抱きしめる。身体中でその熱を感じとり、間違いなく碧の温もりであることを確かめた。
碧と歩いていたのは先日世話になったパン屋の女性だった。申し訳なさそうな顔で小走りで駆け寄ってくる。
「すみません。碧くんがひとりでうちの店に来たんです。それでポシェットに電話番号があったので電話したんですけど出られなかったんで、一緒にここまで来ました」
電話、と慌ててポケットを叩く。昨日の晩に枕元で充電器に刺してからずっとそのままだ。
「ご迷惑おかけしてすみません!」
「いえいえ。碧くんママに元気になって欲しくてパンを買いに来たみたいです。とってもいい子ですね。それじゃあお母さんとも会えたことだし、私は失礼しますね」
穂咲は嫌な顔ひとつせず目を弓なりにするとぺこりと頭を下げ小走りで戻っていく。遠くなっていく背中に深く頭を下げた。
重い頭を抑えながら起き上がって時計を見る。時刻は三時過ぎを差していた。はっと我に返る。碧の昼ごはんを用意していない。
「碧ごめん! お腹すいたよね、いま何か作るか……碧?」
部屋の中はしんと静まり返っている。テレビも着いていなければ、おもちゃも散らかっていない。飛び起きて部屋中を探し回る。お風呂にもトイレにもクローゼットの中にも碧の姿はない。
ふとに入った玄関扉の前に碧が気に入っているヒーローのキャラクターが描かれた椅子が置いてあった。必ずかけるようにしている内鍵のチェーンが外れている。
どんどん血の気が引いていく。
「うそ、うそ……!」
おぼつかない足で玄関へ向かう。碧の靴が一足ない。頭が理解するよりも先に無我夢中で外に飛び出した。
転がるように階段を駆け下りた。狂ったように碧の名前を叫ぶ。返事はない。姿も見えない。目の前が真っ白になる。何も考えられない。
瞬く間に悪い考えが頭の中を駆け巡る。事故、誘拐、行方不明。碧の泣きじゃくる顔が浮かんでは消えて、気が狂いそうになった。
最後の段差で足を踏み外した。転がり落ちた末に地面に膝を着く。じわりと血が滲み出すけれど、痛みも何も感じない。
「碧……! 碧どこなの!」
息の仕方がわからず、何をしたらいいのかも分からず、ただ途方もない恐怖でガタガタと手が震えた。
「うそ、お願い碧! 返事して! 碧ッ!」
視界が激しく歪んだその時、「──ママ?」聞きなれた声が遠くから聞こえた。勢いよく顔を上げると、遠くから歩いてくる人物が見えた。女性と手を繋いでいる小さな男の子だ。慌てて目を擦れば、真っ直ぐにこちらへ駆け寄ってくる姿が見えた。
「ママー! ただいま!」
勢いそのままに自分の首へ抱きついてきたほんのり温かい小さなからだ。呆然とその背中に触れれば、不思議そうに顔をのぞき込まれる。
己を信じきった純粋な瞳。柔らかい髪に愛おしさが詰まった丸い頬。
「碧ッ……!」
小さな体を力一杯抱きしめる。身体中でその熱を感じとり、間違いなく碧の温もりであることを確かめた。
碧と歩いていたのは先日世話になったパン屋の女性だった。申し訳なさそうな顔で小走りで駆け寄ってくる。
「すみません。碧くんがひとりでうちの店に来たんです。それでポシェットに電話番号があったので電話したんですけど出られなかったんで、一緒にここまで来ました」
電話、と慌ててポケットを叩く。昨日の晩に枕元で充電器に刺してからずっとそのままだ。
「ご迷惑おかけしてすみません!」
「いえいえ。碧くんママに元気になって欲しくてパンを買いに来たみたいです。とってもいい子ですね。それじゃあお母さんとも会えたことだし、私は失礼しますね」
穂咲は嫌な顔ひとつせず目を弓なりにするとぺこりと頭を下げ小走りで戻っていく。遠くなっていく背中に深く頭を下げた。



