ネットの漫画家が実体験を書いた漫画を投稿していた。
 一部のコアなファンからは支持が熱い漫画家らしく、一応商業デビューもしているらしい。
 この漫画家はこの話が妙にバズって電子書籍で販売されていた。

 エコやリサイクルが今は当たり前の時代だ。
 ムダにしないように再利用して活用しようという試みなんだけれど、これを人間にも当てはめようとする闇の団体があるらしい。人間リサイクル推進団体というらしいが、あくまで都市伝説のうわさなので、そんなことができる技術があるのだろうか。

 ゆうかは献血や骨髄を移植したり、死人の体の一部を使うことをある意味リサイクルだと思うと言い出す。たしかに、そうなのかもしれない。でも、都市伝説のリサイクルって医学的な話ではないような気がする。

 人間の体を有効に使うことは、ある意味自分の寿命が延び、他人の体で生きることができる。人間リサイクル協会っていうものが出てきたと、ゆうかが検索したスマホを見せた。

「そういった名前なんじゃない? まさか本当にリサイクルをするとは思えないよ」
「でもこの住所となりまちだよ。最寄り駅は知らず駅だって。ちょっと見に行ってみない?」
「漢字の知らずはないはずの名前の駅だね。ひらがなのしらずの間違えじゃない? 見るだけならば……」

 こわい話が好きなあやは都市伝説好きのゆうかと相談をはじめた。
 ゆうかは好奇心旺盛で、すぐ行動するところがいいところでもある。ゆうかのそんな性格が好きなところでもある。あやはこわい話は好きだけれど、あくまで聞くことが好きなだけだった。体験したいなんてこれっぽっちも思ってはいない。だから、本当はそんな場所に行きたくはないけれど、断る勇気はなかった。女の友情は簡単なものではなく、複雑なものだった。

 電車で一駅乗って、少し歩くと、人間リサイクル協会という名前があった。つぶれてしまったのではないかというくらいボロボロの建物で、看板も壊れていた。夕方なので、看板に電気がついたのだが、電球も壊れているらしく、点滅している様子がとても不気味だった。草原の中に、一軒だけ建物があるというのも不気味な雰囲気をかもし出していた。生ぬるい風が頬をなでる。それは、なんとも不気味な感じがした。もしかしたら、建物と看板の不気味さに圧倒されたせいなのかもしれない。一度不気味だと肌で感じたことは人間の心理としては撤回が難しいものだ。

「行ってみよう」
「え? やだよ。なんかこわくない? だって、この町に来てから人に全然会わないし」
「たしかに、田舎とはいえ、駅員さんもいないよね。隣町なのに、はじめて町の名前きいたよね」
「私たち普段はあまり電車に乗らないけれど、よくこわい話であるこわい町なんじゃない?」
「異世界に入ってしまったとか、他の町の人が入ってはいけないとか?」

 それを聞いたゆうかはますます中に入りたくなってしまったようだ。断ることができなくなったあやは仕方なくついていくことになった。

 おそるおそる草をかきわけて中に入る。扉はあったが、人がいるのだろうか? もしかしたら廃墟かもしれないとあやは思った。廃墟ならば中を見学してすぐに帰ることができるだろう。そうあやは計算していた。

「こんにちはー、誰かいませんか?」
「すみませーん」

 中から返事がない。やはりこんな古い建物は誰もいないのだろう。でも、鍵はあいており、人がずっと出入りしていないという感じでもなかった。所有者が時々見に来ているのだろうか。

 ドアが閉まると、ますます部屋は薄暗い。
「懐中電灯持ってくればよかったね」
「仕方ないよ、少しだけ見たら帰ろう。ここの土地の所有者に怒られたらまずいしね」

 ぎぎーっとドアをあけて部屋に入る。部屋の中は研究所らしき雰囲気があり、科学室のようなフラスコなどが置いてあった。床のきしみすらも不気味で恐ろしい気がする。

「誰だい?」
 不気味な歳をとったおばあさんがこちらをにらんでいた。暗闇で髪をぼさぼさにしたおばあさんがいるだけでホラー感が満載だ。

「あんたたち、よそものかい?」
「隣町から電車で来たんです。私たち、都市伝説やこわいはなしが好きで、ここの名前が気になって……」
「おろかだねぇ。ここは、ただの毛髪リサイクルセンターだよ」
「毛髪リサイクル?」
「病気で苦しんでいる人のためにかつらを人毛で作っているのさ。髪の毛を提供するボランティアの話があるだろ」
「なあんだ。勝手に入ってすみません。誰もいないかと思ったので」
「外に出ると危険だ。次の電車が来る時間になるまでここにいたほうがいい」
「次の電車は……」

 スマホの電源を入れるのだが、電波が入らず時刻を調べることができない。
「ここはたまにしか電車は通らない。今日は特別だから、次は18時の電車だね」
「私たち、駅で待ってます。ご迷惑かけたくないし」
「ここに来るまで誰かに会ったかい?」
「それが誰もいなくて、この町には人があまりいないんでしょうか?」
「この町の人間はよそ者がいると帰さずに町に閉じ込めてしまうのさ」
「そんなこわいはなしでよくあるようなこと言わないでください」
「冗談ではないよ。私はそういった人間のリサイクルをしなければいけなくなる。それは極力避けたいのさ」

 一瞬言ったひとことがとてもこわいような気がした。そういった人間のリサイクルと言っていた本当の意味を確かめることを二人はできずにいた。聞いてしまったら、もう帰れないのではないのか、不安になってきた。空が暗くなり、部屋の明かりは薄暗いのでますます心細い。

「この町の名前、漢字で書く知らずという駅は隣のはずなのに初耳なんです。ひらがなのしらず駅は知ってますが」
「そっちの地図にはない町だから、それはそうだろうね」
「私もずいぶんこの町に来てからずっと帰れなくなって、この研究所で働かせてもらっているのさ。50年くらいになるかね」
「おばあさんはどこの町からきたの?」
「説伝町だよ」
「私たちもそこから来ました」
「次の電車に乗れば帰ることができるけれど、逃したら……」

 その続きの言葉を聞くことはこわくて、聞くことができなかった。
「おばあさんも一緒に帰ろう」
「いや、私は帰ることができないのさ。1時間後の電車を逃したら二度と戻れないのさ」
「でも、私たちと帰れば大丈夫かもしれない」
「この研究所はね、ここに来たよそ者をリサイクルする施設なのさ」

 その意味はなんとなくわかったけれど、具体的に聞くことはできない。

「この町の住人はよそ者の体に乗り移って長生きしようとするんだ」
「私もそろそろ歳をとったから新しい体がほしいところだけれど、あんたたちを助けてやろう。町の奴らが来た。よそのものにおいをかぎつけたのだね」

「おい、開けてくれ。ここによそもの来てないか?」
 ドアをノックする音が聞こえる。ドンドンドンドン――
 音が次第に大きくなる。

「あんたたちはそこの裏口から逃げな。来た道を戻れば駅がある。でも、次の電車に乗れなければ、帰れなくなるよ」

 二人は裏口から逃げることにした。おばあさんの様子は全てが本当なのだろうと思えたからだ。いくらこわいはなしが好きな二人でも実際に命を狙われたり帰れなくなるという不幸を味わいたいわけではなかった。自分ではない誰かがこわい目にあうから楽しいのであって、こんな鬼ごっこはごめんだった。

 二人は走る。草原の中は体をかくしやすいし、暗闇は相手から見えずらいだろうからとても都合がいい。でも、駅の方向も何となくしか覚えていない。本当にこちらでいいのか、不安の中で逃げる。後ろの方から、声が聞こえた。
「あっちへ逃げたぞー」
 中年の男性のような声だ。こんなに走ったのはいつ以来だろうか? 命がけで走ると、意外と距離を走ることができるようだった。駅が見えた。駅には明かりがついていて、無人だった。しかし、電車が来るまでの間に追いかけてくるだろう。うまい具合に電車が来るまで隠れていようと近くのしげみに入った。やつらはにおいでわかるらしい。よそもののにおいを消してくれるものはないのだろうか?

「いないぞ」「どこだ」
 複数の中高年の声が聞こえる。こわい、どうしよう。このまま帰れなかったら――
「こっちからにおうな」
 一人の男が二人をみつけたらしい。

 しげみの中に近づく足音がする。もうだめだ。
 助けて!!! 二人は同時に心の中で祈り叫ぶ。

「みーつけた」

 二人は一目散に駅に向かった。そして、探している町の人に気づかれないように声を出さずにじっと電車を待つと、光輝く電車が到着した。まわりが暗いせいか普通よりも輝いて見えたのは気のせいだったのかもしれないし、本当にそう見えたのかもしれない。急いで電車に乗り込む。乗客は普通の乗客のようだった。そして、そのまま自分たちの町に帰った。

 あれから、二人はあのこわい町の出来事のことは語らなかったし、話題にも出さなかった。なぜならば、あのしらず駅の恐怖が忘れられないからだった。こわい話、不思議な話は大の苦手に。つまり、こわい話を卒業した状態になっていた。

 そして、二人が何度検索しても漢字の「知らず駅」は存在していないことがわかった。
 ネットに書き込んでいるということは二人は無事だったということなのだろう。