しらず駅でヒットした話をあげてみよう。
 これはあるブログに掲載されていた日記だ。
 学生時代の思い出として奇妙なな経験をした話だった。

 廃墟めぐりが好きな恭一とめぐり。二人は同じ大学で、廃墟同好会に所属しており、こわい話や怪現象が好きな同級生だ。廃墟好きが高じて、山奥にあるマニアの間では話題の廃病院へやってきた。

 思いのほか廃墟めぐりは胸がときめいていた。お互いに友達以上だと感じていたせいかもしれない。恋のときめきと廃墟愛の胸のときめきが重なり合って、恭一とめぐりは手をつないで廃墟をめぐる。このロマンを分かち合えただけでとても幸せだ。二人はこわい何者かに遭遇することもなく帰宅することになった。

 バス停へ向かうが、日が暮れてきており、早めに帰らないといけないと二人は少し急ぐ。まだ明るいが、バスの本数は1時間に1本程度だ。
 バス停が見えた。先程来た時よりもバス停全体が古くなったような気がしたが、最初から棒の部分にはさびもあったような気がするし、さほど二人は汚れを気にしていなかった。時刻をみるとちょうどもうすぐバスが到着する時間だ。

「来たよ、恭一」
 めぐりがバスに向かって指を刺した。バスは思いのほか古びていたが、このバスを逃すとしばらく次までは来ないので、二人に乗らないという選択肢はなかった。乗ってみると、バスの中はどうにもどんよりした雰囲気が漂う。薄暗く古びたバスの中は時代がひと昔前のような感じがした。具体的に言えば、広告の雰囲気やつり革の造りだろうか。あえて古いバスを運行して使い続けている村なのだろうか。でも、そんなことを口にすると、周囲にいる人に失礼な気がしてとても言えない。このバスを侮辱したら村人を侮辱しているような気がしていた。めぐりは少し不安になって恭一の手をにぎりしめる。

 異変を感じたのはこの後だ。バスに乗っている村人の様子が何かおかしいのだ。割烹着をきたおばあさんの顔に生気がない。いや、他に乗っている乗客全員の生気がないのだ。これはなんだ? みんな表情がなく、スマホを見ている人もいない。そして、気になるのは先程からバス停で一度も一時停車していないということだ。

「このバス、一度も停車していないよね?」
「おかしいな、いくら田舎だといっても一度も止まらないなんて普通じゃないよな」

 二人に動揺が走る。行き先を見ると、駅名ではなく墓場行きと書いてある。それは不気味でどうしようもない文字で書かれていた。絶対に普通のバスではないということを乗客の様子で空気を読み取る。

 青白い顔をした乗客がこちらを見つめる。それは1人だけではない。2人、3人と……2人を見つめる。その空気に耐えられなくなり、めぐりは停車ボタンを押す。しかし、ランプがつかない。
「バスを降りることができない」

 そんなことがあるはずはないのだが、このバスはボタンが効かない。窓を開けようとしたのだが、窓が開かない。運転手に話しかけようとしたのだが、運転手がいない。そんなはずがないということばかりが二人を襲う。仕方なく乗客に助けを求めようとしていたが、みんなただ見ているだけで表情がない。この人たちは生きていない――。直感的に二人は感じていた。

 でも、ここから脱出する方法があるのだろうか? 外を見ても人ひとり通っていないし、来た道とはなんとなくだが違うような違和感がある。不気味な沼を通ったのだが、来るときは通っていない。空の薄暗さもますますバスを不気味に映し出す。電気が車内についたのだが、ちかちかしてよけい点滅が不気味に感じる。

 きっとこのまま乗車していれば墓場=死人となるのではないか? そんな気がしてならなかった。きっとここに乗っている人は死人だ。そのバスに乗ってしまったのが自分たちなのだろう。誰が説明したわけでもないのだが、きっとそうだと二人は心の中で思っていた。恭一はめぐりの手をぎゅっとにぎる。

 助けてください!! 神様、仏様、誰でもいい!!!!

「このバスはしらず駅行きです」
 アナウンスが流れた。

 あの病院で死んだ人たちの魂は、死に場所を好奇心で汚されたくなかったのかもしれない。
「幻華草を使おう。幻華草といって、幽霊から姿を隠すことが可能な植物さ。魔除けだ。これを身に着けよう」
 二人は、持参した幻華草を持つ。

 どれくらい経ったのだろうか、二人はいつのまにか緊張が続いていたこともあり、眠っていた。
 気が付くとバスの中ではなく、大学のサークル室にいた。
 二人の様子を心配した同好会の部員が起こしてくれたようだ。

「大丈夫か?」
「夢だったのだろうか?」
「何の話だよ」
 能天気な部員の顔を見て、安心した二人は握り締めていた花を見て夢ではなかったと視線を合わせる。

「その花、何だよ」
「これは、魔除けの花らしいんだ」
「ちょっと見せて」

 幻華草を渡そうとした瞬間に気づく。
 手をみると、それは20歳の手とは思えないほどしわが刻まれ、生気のない色をしていることに。
 そして、ここはまだバスの中だということに。