部屋は深い紫のヴェールに包まれていた。窓の外では、幻の蝶が舞い、壁には星屑が降り注ぐ。ガシェルトは、夢の糸を指先に絡めながら、シムズミの傍らに跪いた。白い髪が月光のように流れ、儚げな白眼は、少年の灰色の瞳を映している。

「今夜も、夢を見せてあげよう」

彼の声は、遠いオルゴールのように甘く、妖しく響いた。指先でシムズミの額に触れる。そこから、淡い光が滲み出し、少年の意識の奥へと潜り込んでいく。

シムズミは、動かない。ただ、灰色の瞳が、かすかに揺れた。ガシェルトは微笑んだ。それは、恋人のような、芸術家の微笑みだった。

「ここは、お前の楽園。痛みも、記憶も、すべてが溶けてゆく」

彼は立ち上がり、部屋の中央に置かれた古びた鏡の前に立った。鏡の中には、シムズミの姿が映っている。でも、それは現実の少年ではない。白い髪が風に舞い、灰色の瞳は星のように輝いている。体は、まるで花びらのように軽やかで、儚い。

ガシェルトは、鏡に向かって語りかけた。

「お前は、ここにいる。永遠に、夢の中に」

鏡の中のシムズミが、微笑んだ。ガシェルトは、それを自分の手で作り上げた幻だと知っている。でも、それでいい。少年が苦しまないなら、どんな嘘でも、真実になる。

彼は再びシムズミの傍らに戻り、少年の髪を撫でた。白い髪は、夢の糸のように柔らかく、触れれば消えてしまいそうだった。

「夢こそ現実。覚醒は苦痛だ」

呟くように語りかける。シムズミの体は、徐々に力を抜いていった。肩の凝りがほぐれ、眉間の皺が消える。ガシェルトは、それをただ見つめていた。自分の手で、少年を別の世界へ連れて行く。それが、彼の芸術だった。

やがて、シムズミの瞼が閉じた。深い眠り。夢の中で、少年は自由だった。痛みも、記憶も、すべてを忘れて。

ガシェルトは立ち上がり、部屋の隅に置かれた椅子に腰を下ろした。白い瞳を伏せ、静かに息を吐く。

「……お前の夢は、僕が守る」

彼は知っている。この夢は、永遠には続かない。シムズミの心は、不動ではあるが、壊れてはいない。いつか、少年は目を覚し、現実に戻るだろう。

そのとき、ガシェルトはまた、夢を紡ぐ。ただ、少年のために。

それが、彼にできる、唯一の愛だった。