部屋は、巨大なスクリーンで覆われていた。壁一面に、シムズミの顔が映る。無数の角度。無数の表情。だが、どれも本物ではない。すべて、トガールの演出だ。

彼は中央のスポットライトの下に立つ。白い短髪がきらめき、鏡のような眼が自分を映す。強靭な体躯は、完璧なポーズで止まっていた。

「さあ、今日の主役は貴方だ」

甘い声が、部屋じゅうに広がる。トガールはゆっくり歩み寄り、床に座るシムズミの前に跪いた。白い髪を指で梳き、灰色の瞳を覗き込む。

「見てごらん。貴方はもう、完璧な偶像だ」

スクリーン上のシムズミは、微笑む。泣く。踊る。
すべて、トガールの編集。現実の少年は、ただ静かに座っているのに。

トガールは懐から小さなリモコンを取り出した。
ボタンを押す。照明が変わり、シムズミの顔は黄金色に包まれる。

「光こそ真実。偽りこそ芸術」

彼は少年の頬に手を当て、作品を愛でるように、そっと撫でた。

「貴方の沈黙は、最高の台本だ。僕が、貴方の声を決める」

スクリーンに、新しい映像が流れる。シムズミが、誰かに抱きしめられている。手が差し伸べられ、光に包まれる。それらはすべて、合成。トガールの想像。

少年の灰色の瞳が、わずかに揺れた。トガールは、それを見逃さない。

「いいね、その表情。もっと。もっとだ」

彼は立ち上がり、カメラの前に立つ。自分の姿をスクリーンに映し、シミュレーションの中で、シムズミの隣に並ぶ。完璧なツーショット。完璧な物語。

「僕たちは、永遠の主役だ」

トガールは再び少年の傍らに戻り、髪を整えた。
白い髪はスポットライトを受けて輝く。まるで、星のように。

「貴方は、ここにいる限り、僕の最高傑作だ」

やがて、シムズミの瞼が閉じる。深い眠り。夢の中でも、少年はスクリーンに映る。トガールの演出の中で、永遠に。

トガールは立ち上がり、部屋の中央へ戻った。眼を伏せ、静かに息を吐く。

「……明日も、撮影は続く」

彼は知っている。この虚像は、永遠には続かない。
シムズミの心は不動だが、壊れてはいない。いつか、少年は目を覚まし、すべてを見破るだろう。

そのとき、トガールはまた、笑顔でカメラの前に立つ。ただ、少年を「主演」に据えるために。

それが、彼にできる、唯一の主演だった。