部屋は、鉄とコンクリートの匣だった。扉は厚さ十センチの鋼板。鍵は三重。換気口さえ、格子で塞がれている。

ガシャバは無言で入室し、背後で扉を閉めた。
音はしない。刈り上げた白い髪が蛍光灯を弾き、無機質な眼差しは感情の影を欠く。

シムズミは床に正座していた。白い髪が肩に垂れ、灰色の瞳は床の一点を射抜く。体は女のように細い。しかし、背筋は折れていない。

ガシャバは一歩踏み出す。靴音が乾いて響く。少年の前で止まり、視線を落とす。

「姿勢、正せ」

短い。冷ややか。命令。シムズミの肩が、わずかに上がる。背筋が、さらに伸びる。

ガシャバは懐から黒い革手袋を取り出し、ゆっくりと嵌めた。指が鳴る。少年の顎を掴み、強引に顔を上げさせる。灰色の瞳が、初めてガシャバを見た。

「痛みは」

シムズミは答えない。ガシャバは頷く。それで、十分だ。

彼は腰のホルスターから注射器を抜く。針は細く、液は透明。左腕を取り、肘の内側に刺す。少年の体が、かすかに震えた。声は、出ない。

「必要悪だ」

薬液が流れ込む。シムズミの瞳は、ゆっくりと焦点を失っていく。ガシャバは注射器を回収し、静かにポケットへ戻した。

次に、少年の髪を掴み、荒く梳く。白い髪は、指の間をすべり落ちる。無慈悲な手つき。だが、一本も、床に落とさない。

「秩序なくして、国家なし」

呟き、ガシャバはシムズミの肩に手を置く。重い。少年の体が、わずかに沈む。

「お前は、僕の管轄だ。壊れるな」

声は低く、乾いている。だが、指先が、ほんの一瞬、緩む。

やがて、シムズミの体が横に崩れた。深い眠り。意識は、秩序の中に封じられる。

ガシャバは立ち上がり、少年を抱え上げてベッドへ移す。毛布を掛け、額に手を当てる。体温は低い。それでも、生きている。

「明日も、点検する」

彼は部屋を出る。扉が閉まる。鍵が、三重に掛かる。

廊下で、ガシャバは立ち止まった。無機質な眼を伏せ、静かに息を吐く。

(……秩序のためだ)
(……僕のためじゃない)

心の奥で、葛藤が小さく渦を巻く。それでも、顔には出さない。

それが、彼にできる、唯一の優しさだった。