部屋は無音だった。床も、壁も、天井も、すべて灰色の金属。換気の音さえ、規則に従う。

サアリルは扉を静かに開き、背後で閉めた。鍵はかからない。ここは、彼の領域だ。

整った白い短髪が、蛍光灯を冷たく反射する。
無機質な眼差しは、感情の影を一欠片も宿さない。

シムズミは床の中央に座り、白い髪を垂らしている。灰色の瞳は、床の一点に固定されたまま。膝の上に置いた手は、指一本動かさない。

サアリルは一歩踏み出す。靴音はしない。少年の前に立ち、視線を落とす。

「今日の記録は」

声は低く、平坦。シムズミは答えない。サアリルは小さく頷く。それで十分だ。

彼は懐からタブレットを取り出し、指先で操作する。画面に映るのは、シムズミの脳波。平坦。起伏はゼロ。サアリルは画面を閉じ、少年の前に膝をついた。

「記憶の残滓は、零点三パーセント減少。良好だ」

指先でシムズミの顎を取り、顔を上げさせる。灰色の瞳が、サアリルを見た。だが、そこには何も映っていない。

「知識こそ武器。真実は、作るものだ」

呟き、サアリルは少年の髪を梳く。白い髪は指の間を滑る。整然と。規則正しく。

「お前は、ここにいる限り、僕のデータだ。壊れるな。変質するな」

声は静かだが、言葉の縁に棘が立つ。シムズミの肩が、わずかに震えた。それでも少年は動かない。
ただ、灰色の瞳が、ゆっくりと閉じていく。

サアリルは立ち上がり、少年の腕に小型のセンサーを装着した。針は細く、痛みはない。データは、リアルタイムで送信される。

「明日も、観測する」

彼は部屋を出る。扉が閉まる。鍵は、かからない。

廊下でサアリルは立ち止まり、無機質な眼を伏せる。静かに息を吐いた。

(……真実は、作れる)
(……だが、僕の孤独は、作れない)

心の奥で、猜疑が微かに渦を巻く。
それでも顔には出さない。

それが、彼にできる、唯一の真実だった。