氷川丸の記録

玉座の間は、夜の底だった。
天井には星図の彫り物、床は黒大理石、壁には金と白の紋章が連なる。
光はただ一条、玉座の上から降り注ぐ。
そこに、サタリスは座っていた。

白い短髪は刃のように立ち、瞳は氷の刃。
堂々たる体躯は威厳を湛え、しかし肩の線には、かすかな疲労が滲む。

シムズミは玉座の足元、三歩手前に跪いていた。
白い髪が床に流れ、灰色の瞳は石の模様を追うだけ。体は小さく、女のように細い。だが、背筋は折れていない。

サタリスは、ゆっくりと立ち上がった。靴音が、石の上で響く。三歩で少年の前に立ち、視線を落とす。

「シムズミ」

声は静か。しかし、部屋の隅々まで届く。命令ではなく、呼びかけ。

少年は答えない。サタリスは、片膝をついた。玉座の前で、初めて膝を折る。

「今日も、沈黙か」

指先で、シムズミの顎を上げる。灰色の瞳が、サタリスを見た。そこに映るのは、神王の仮面――その奥の、疲れた男。

「支配は、神の定め」

呟くように言いながら、サタリスは少年の髪を梳いた。白い髪は指の間を滑る。整然と、優しく、しかし絶対に。

「お前は、僕の鏡だ」

声が、わずかに震える。シムズミの肩に、手を置く、重い。だが、少年は沈まない。

「国家は、僕の体の一部。反逆も、僕の一部。お前も、僕の一部」

サタリスは少年を抱き起こし、玉座の横の小椅子に座らせた。自分の外套を脱ぎ、少年の肩にかける。金糸の重さ。権力の重さ。

「眠れ」

少年の瞼が、ゆっくりと閉じる。深い眠り。夢の中でも、少年は玉座の前にいる。サタリスの前に。

サタリスは立ち上がり、玉座に戻る。氷の瞳を伏せ、静かに息を吐いた。

「……明日も、支配する」

彼は知っている。この支配は、永遠には続かない。シムズミの心は、不動ではあるが、壊れてはいない。いつか、少年は目を覚まし、神王の仮面を剥ぎ取るだろう。

そのとき、サタリスは、ただ微笑む。冷笑ではなく、解放の笑みで。

それが、彼にできる、唯一の赦しだった。