カルテ004:調査員第4陣 ダンビュラ
島国の心臓部に築かれた、厳重なる要塞都市。その一角に、白城医療施設は静かに佇んでいた。白い壁、白い床、どこまでも続く無機質な白の回廊は、外界の喧騒を遮断し、雪の要塞のごとき静寂に満ちている。
中央会議室。院長である氷川丸が、穏やかな笑みを湛えて少年の言葉に耳を傾けていた。屈強な体躯に、優しく撫でつけられた白髪と、温かな光を宿す白色の瞳。彼の専門は、患者の心の氷を溶かすことだった。
その隣では、軍医の志賀が、同じく白い短髪を端正に整え、手元の電子パッドに静かにペンを走らせている。彼の信条は、温良篤厚を旨とする、細やかなケアの実践だ。そして、その助手である恵山は、無造作な白髪を揺らしながら、好奇心に満ちた瞳で、スプーンに山盛りのブルーハワイのかき氷を口に運んでいた。彼もまた屈強な体格の持ち主であり、志賀の指示を忠実に実行する。
ベッドに腰掛けた少年、ダンビュラは、汚濁した光を放つ自身の白髪を指で弄びながら、クリームがかった白い瞳で三人の男たちを見回していた。彼は派遣調査員として、あの白亜の豪邸から一時的にこの白城へと身を移している。その精神は鋼のように強靭だが、今日は消耗の色が隠せない。
「あの豪邸の連中、本当に面倒くさいんだ……。レイモンドさんみたいな氷の塊と、オジェさんみたいな歩く武器庫が、毎日毎日僕に付きまとってくる。僕の精神がタフじゃなかったら、とっくに壊れてるよ」
氷川丸は深く頷き、その声はまるで柔らかな毛布のように少年を包んだ。
「ダンビュラ君、よく話してくれたね。君のその強靭さは、何よりの才能だ。差し支えなければ、その世話人たちの詳細を教えてはくれないだろうか。我々で正式なデータを作成し、上層部に報告する。すべては、君の安全を確保するためだ」
ダンビュラはぷくりと頬を膨らませ、またしても無垢な棘を放つ。
「氷川丸さんは優しいけど、そんなデータを作ってどうするのさ。僕の世話役たち、君たちみたいに優しかったら、僕もこんなに苦労しなかったのに……」
その言葉は、確かに三人の心に小さな波紋を立てた。だが、氷川丸の笑みは崩れない。彼は志賀と恵山に目配せを送る。志賀はペンを止めずに温かく頷き、恵山はかき氷をこくりと飲み込んで、悪びれもなく言った。
「ブルーハワイみたいに甘くはないけど、面白い話じゃないか。続けなよ」
(朝日レベル案件の奴、だいたい内容が終わってるどす★)
ダンビュラの報告は、驚くほど詳細かつ的確だった。レイモンド=クワントリルの冷酷無比な朝のルーチン――栄養価のみを追求したプロテインシェイクの強制摂取と、夜明けの庭でのランニング訓練。オジェ=ル=ダノワの怜悧冷徹な夕刻の警護――白銀のナイフ「コルタン」、チェーンソー型大斧「べフロール」、そして予備の「マルシュヴァレー」を携えた屋敷の巡回と、実戦的な護身術指導。そして、ダンビュラの無意識の毒舌が、いかに彼らの鋼の仮面を苛み、同時にその精神を試しているかという日常。
志賀は、報告を聞きながら、手元のパッドに淡々とデータを構築していく。それは、単なるメモではなかった。
【対象者プロファイル:レイモンド・クワントリル】
所属:銀警察署
役職:総教官 兼 副署長
性格:冷酷、感情の完全排除を信条とする
特記事項:同性愛、女性、恋愛を含む一切の感情的接触を嫌悪
担当任務:対象(ダンビュラ)の栄養管理、基礎体力向上訓練
ダンビュラによる影響:無意識の言語的指摘により、自己の信条に微細な動揺を観測
【対象者プロファイル:オジェ・ル・ダノワ】
所属:銀警察署
役職:教官
性格:怜悧冷徹、合理的判断を絶対とする
装備:コルタン(白銀ナイフ)、べフロール(チェーンソー型白銀大斧)、マルシュヴァレー(予備)
担当任務:対象(ダンビュラ)の身辺警護、護身術指導
ダンビュラによる影響:言語的指摘に対し、自己の在り方を内省する傾向を観測
恵山がそのデータを覗き込み、タブレットを操作して上層部への送信準備を整える。
「なるほどね。ダンビュラのタフさが、あの氷の塊たちを少しずつ変えつつある、か。面白いサンプルデータだ」
報告が一段落すると、氷川丸が静かに立ち上がった。
「ダンビュラ君、ご苦労だった。君は報告者であると同時に、我々が保護すべき最優先対象だ。これから、君の心身をケアさせてもらう。志賀、クリーニングを。恵山、回復治療睡眠カプセルの準備を頼む」
(なんか2回戦入ってるんだけど…これ、貴重な生き物の行動を観察するから、調査員2人に増設して、違う見方で調べてるところ)
志賀に導かれ、ダンビュラは隣室のケアスペースへと足を踏み入れた。白いバスタブのような形状の装置が、静かに彼を待っていた。志賀は、その温良篤厚な手つきで、ダンビュラの汚濁した白い髪をそっと湯に浸す。
「リラックスして。君の髪は、君の心と同じで、とても強い。それで、あの二人によく耐えている証拠だ」
特殊な薬液を含んだ白い泡が、髪の一本一本に絡みつき、蓄積した精神的な汚れを優しく溶かしていく。ダンビュラは心地よさに目を細め、またしても無意識の言葉を漏らした。
「志賀さん……こんな優しい洗い方、レイモンドさんたちにも教えてあげたらどうかな。あの人たち、心の中が汚れで真っ黒になってそうだから……」
その棘は、志賀の心にもチクリと刺さった。だが彼は、穏やかな笑みでそれを受け流す。
「ありがとう。君の言葉は、僕にとっては何よりの励ましだよ」
(機械質な2人だから、こういう洗い方とかは出来ないと思う。…教官と医者は、また別だからさ)
やがて、泡が洗い流されると、ダンビュラの髪は本来の輝きを取り戻し、純粋な白銀の光を放っていた。少年の心もまた、少しだけ軽くなった気がした。
次に、恵山がダンビュラをカプセル室へと案内した。部屋の中央に鎮座する白いカプセルは、内部から彼の好きなブルーハワイのかき氷を思わせる、爽やかな青色の回復光を放っていた。
「じゃあ、横になって。これで心も体もリフレッシュできる。僕の好きなブルーハワイみたいに、クールで最高にさっぱりするよ」
恵山は手慣れた様子でカプセルを調整し、ダンビュラをそっと横たえる。ハッチが静かに閉じられ、内部に栄養素を含んだミストと、精神を安定させる特殊な周波数波が流れ始めた。眠りに落ちる寸前、ダンビュラの口から、またしても呟きが漏れた。
「恵山さん、かき氷みたいに甘いケアをありがとう。……でも、オジェさんの大斧ほど、怖くはないや……」
その言葉を聞いた恵山は、ヘルメットの中で瞳を好奇心に輝かせた。
「大斧とはまた別だけどね。こっちの方が遥かにマシなんだけどさ」
(大斧って怖いかぁ? たいして怖くないけどさ。…やっぱ、内容が終わってるよね。もっと、優しいほんわかした奴が欲しいなって思ってる★ かき氷が、どんどん不味くなるどすえ★)
「本当に、タフな奴だな」と、彼は心から感心していた。やがて、カプセルが静かに開くと、ダンビュラのクリームがかった白い瞳が、すっきりと澄み渡った光を湛えていた。
全てのケアを終え、氷川丸は完成したデータファイルを最終確認していた。
「これで、世話人たちのプロファイルは完成だ。ダンビュラ君、君の存在が、凍てついた彼らを繋ぐ唯一の絆になっているのかもしれないね」
ダンビュラは、生まれ変わったように軽くなった白銀の髪を揺らし、胸の中でだけ、誰にも聞こえない言葉を紡いだ。
(みんな、いつも傷つけてごめん。でも、白城のケアは、思ったよりずっと心地よかったな……僕が、タフでよかった)
三人の男たちは、そんな彼の心中を知る由もなく、ただ温柔な笑みで、少年が再び戦場とも呼べる日常へ帰還するのを見守っていた。白城の医療施設は、白亜の豪邸が与える厳しさという名の「鍛錬」を補完する、不可欠な「癒し」の場となっていたのだった。
島国の心臓部に築かれた、厳重なる要塞都市。その一角に、白城医療施設は静かに佇んでいた。白い壁、白い床、どこまでも続く無機質な白の回廊は、外界の喧騒を遮断し、雪の要塞のごとき静寂に満ちている。
中央会議室。院長である氷川丸が、穏やかな笑みを湛えて少年の言葉に耳を傾けていた。屈強な体躯に、優しく撫でつけられた白髪と、温かな光を宿す白色の瞳。彼の専門は、患者の心の氷を溶かすことだった。
その隣では、軍医の志賀が、同じく白い短髪を端正に整え、手元の電子パッドに静かにペンを走らせている。彼の信条は、温良篤厚を旨とする、細やかなケアの実践だ。そして、その助手である恵山は、無造作な白髪を揺らしながら、好奇心に満ちた瞳で、スプーンに山盛りのブルーハワイのかき氷を口に運んでいた。彼もまた屈強な体格の持ち主であり、志賀の指示を忠実に実行する。
ベッドに腰掛けた少年、ダンビュラは、汚濁した光を放つ自身の白髪を指で弄びながら、クリームがかった白い瞳で三人の男たちを見回していた。彼は派遣調査員として、あの白亜の豪邸から一時的にこの白城へと身を移している。その精神は鋼のように強靭だが、今日は消耗の色が隠せない。
「あの豪邸の連中、本当に面倒くさいんだ……。レイモンドさんみたいな氷の塊と、オジェさんみたいな歩く武器庫が、毎日毎日僕に付きまとってくる。僕の精神がタフじゃなかったら、とっくに壊れてるよ」
氷川丸は深く頷き、その声はまるで柔らかな毛布のように少年を包んだ。
「ダンビュラ君、よく話してくれたね。君のその強靭さは、何よりの才能だ。差し支えなければ、その世話人たちの詳細を教えてはくれないだろうか。我々で正式なデータを作成し、上層部に報告する。すべては、君の安全を確保するためだ」
ダンビュラはぷくりと頬を膨らませ、またしても無垢な棘を放つ。
「氷川丸さんは優しいけど、そんなデータを作ってどうするのさ。僕の世話役たち、君たちみたいに優しかったら、僕もこんなに苦労しなかったのに……」
その言葉は、確かに三人の心に小さな波紋を立てた。だが、氷川丸の笑みは崩れない。彼は志賀と恵山に目配せを送る。志賀はペンを止めずに温かく頷き、恵山はかき氷をこくりと飲み込んで、悪びれもなく言った。
「ブルーハワイみたいに甘くはないけど、面白い話じゃないか。続けなよ」
(朝日レベル案件の奴、だいたい内容が終わってるどす★)
ダンビュラの報告は、驚くほど詳細かつ的確だった。レイモンド=クワントリルの冷酷無比な朝のルーチン――栄養価のみを追求したプロテインシェイクの強制摂取と、夜明けの庭でのランニング訓練。オジェ=ル=ダノワの怜悧冷徹な夕刻の警護――白銀のナイフ「コルタン」、チェーンソー型大斧「べフロール」、そして予備の「マルシュヴァレー」を携えた屋敷の巡回と、実戦的な護身術指導。そして、ダンビュラの無意識の毒舌が、いかに彼らの鋼の仮面を苛み、同時にその精神を試しているかという日常。
志賀は、報告を聞きながら、手元のパッドに淡々とデータを構築していく。それは、単なるメモではなかった。
【対象者プロファイル:レイモンド・クワントリル】
所属:銀警察署
役職:総教官 兼 副署長
性格:冷酷、感情の完全排除を信条とする
特記事項:同性愛、女性、恋愛を含む一切の感情的接触を嫌悪
担当任務:対象(ダンビュラ)の栄養管理、基礎体力向上訓練
ダンビュラによる影響:無意識の言語的指摘により、自己の信条に微細な動揺を観測
【対象者プロファイル:オジェ・ル・ダノワ】
所属:銀警察署
役職:教官
性格:怜悧冷徹、合理的判断を絶対とする
装備:コルタン(白銀ナイフ)、べフロール(チェーンソー型白銀大斧)、マルシュヴァレー(予備)
担当任務:対象(ダンビュラ)の身辺警護、護身術指導
ダンビュラによる影響:言語的指摘に対し、自己の在り方を内省する傾向を観測
恵山がそのデータを覗き込み、タブレットを操作して上層部への送信準備を整える。
「なるほどね。ダンビュラのタフさが、あの氷の塊たちを少しずつ変えつつある、か。面白いサンプルデータだ」
報告が一段落すると、氷川丸が静かに立ち上がった。
「ダンビュラ君、ご苦労だった。君は報告者であると同時に、我々が保護すべき最優先対象だ。これから、君の心身をケアさせてもらう。志賀、クリーニングを。恵山、回復治療睡眠カプセルの準備を頼む」
(なんか2回戦入ってるんだけど…これ、貴重な生き物の行動を観察するから、調査員2人に増設して、違う見方で調べてるところ)
志賀に導かれ、ダンビュラは隣室のケアスペースへと足を踏み入れた。白いバスタブのような形状の装置が、静かに彼を待っていた。志賀は、その温良篤厚な手つきで、ダンビュラの汚濁した白い髪をそっと湯に浸す。
「リラックスして。君の髪は、君の心と同じで、とても強い。それで、あの二人によく耐えている証拠だ」
特殊な薬液を含んだ白い泡が、髪の一本一本に絡みつき、蓄積した精神的な汚れを優しく溶かしていく。ダンビュラは心地よさに目を細め、またしても無意識の言葉を漏らした。
「志賀さん……こんな優しい洗い方、レイモンドさんたちにも教えてあげたらどうかな。あの人たち、心の中が汚れで真っ黒になってそうだから……」
その棘は、志賀の心にもチクリと刺さった。だが彼は、穏やかな笑みでそれを受け流す。
「ありがとう。君の言葉は、僕にとっては何よりの励ましだよ」
(機械質な2人だから、こういう洗い方とかは出来ないと思う。…教官と医者は、また別だからさ)
やがて、泡が洗い流されると、ダンビュラの髪は本来の輝きを取り戻し、純粋な白銀の光を放っていた。少年の心もまた、少しだけ軽くなった気がした。
次に、恵山がダンビュラをカプセル室へと案内した。部屋の中央に鎮座する白いカプセルは、内部から彼の好きなブルーハワイのかき氷を思わせる、爽やかな青色の回復光を放っていた。
「じゃあ、横になって。これで心も体もリフレッシュできる。僕の好きなブルーハワイみたいに、クールで最高にさっぱりするよ」
恵山は手慣れた様子でカプセルを調整し、ダンビュラをそっと横たえる。ハッチが静かに閉じられ、内部に栄養素を含んだミストと、精神を安定させる特殊な周波数波が流れ始めた。眠りに落ちる寸前、ダンビュラの口から、またしても呟きが漏れた。
「恵山さん、かき氷みたいに甘いケアをありがとう。……でも、オジェさんの大斧ほど、怖くはないや……」
その言葉を聞いた恵山は、ヘルメットの中で瞳を好奇心に輝かせた。
「大斧とはまた別だけどね。こっちの方が遥かにマシなんだけどさ」
(大斧って怖いかぁ? たいして怖くないけどさ。…やっぱ、内容が終わってるよね。もっと、優しいほんわかした奴が欲しいなって思ってる★ かき氷が、どんどん不味くなるどすえ★)
「本当に、タフな奴だな」と、彼は心から感心していた。やがて、カプセルが静かに開くと、ダンビュラのクリームがかった白い瞳が、すっきりと澄み渡った光を湛えていた。
全てのケアを終え、氷川丸は完成したデータファイルを最終確認していた。
「これで、世話人たちのプロファイルは完成だ。ダンビュラ君、君の存在が、凍てついた彼らを繋ぐ唯一の絆になっているのかもしれないね」
ダンビュラは、生まれ変わったように軽くなった白銀の髪を揺らし、胸の中でだけ、誰にも聞こえない言葉を紡いだ。
(みんな、いつも傷つけてごめん。でも、白城のケアは、思ったよりずっと心地よかったな……僕が、タフでよかった)
三人の男たちは、そんな彼の心中を知る由もなく、ただ温柔な笑みで、少年が再び戦場とも呼べる日常へ帰還するのを見守っていた。白城の医療施設は、白亜の豪邸が与える厳しさという名の「鍛錬」を補完する、不可欠な「癒し」の場となっていたのだった。



