File: 調査員第3陣ハンベル定期観察記録

被験体名:ハンベル=ジャ=イト
担当施設:白城医療院

白城――純白の壁に囲まれた海上都市。その地下深く、第三層に位置するデータ作成室は、完全無菌、完全防音の繭だ。白い壁、白い床、そして被験体を収容する白いカプセル。すべてが冷たい光を放ち、現実感を奪っていく。

今日は、ハンベル=ジャ=イトの「定期メンテナンス」の日。名目上のそれとは裏腹に、彼の精神と肉体が「世話役」たちによってどのように変質したかを記録する、冷徹な評価の場である。

データ作成室の中央に、院長である氷川丸が立つ。雪のように白い髪をなでつけ、氷のように白い瞳をハンベルに向ける。その口元に浮かぶのは、慈愛に満ちた笑み。だが、その奥に潜む昏い光を、ハンベルはまだ知らない。

「やあ、ハンベルくん。今日も元気そうで何よりだ」

白衣の胸ポケットで、ハンベリーの実を模したペンダントが不気味に揺れる。

「じゃあ、君の『世話役』たちのデータを聞かせてくれるかな?」

ベッドに腰掛けたハンベルは、与えられたハンベリーの実を無心に頰張る。その瞳は、くすんだ黄色に濁り、何も映してはいない。

「うん! みんな、ちょっと変だけど……優しいんだ」

その言葉が、どれほど歪んだ真実であるかを、彼はまだ理解していなかった。

Step 1: 汚染除去(クリーニング・ケア)

担当官:志賀(軍医)

白い短髪を神経質そうに整え、温かい光を湛えているはずの白い瞳が、ハンベルの全身を検分する。その手には、白銀に輝くクリーニングブラシと、無菌処理されたハンベリーオイルの瓶。まるで汚染物を処理するかのような手つきだ。

「では、全身のクリーニングを始めよう。服を脱いでね、ハンベルくん」

ハンベルは、理由のわからない羞恥心に頬を染めながら、言われるがままに衣服を脱ぐ。志賀の指先が、冷たく彼の肌に触れた。

毛髪洗浄:黄色く変色した髪を、粘つくハンベリーシャンプーで洗い上げる。甘い香りが鼻をつき、意識が朦朧とする。
眼球洗浄:くすんだ黄色の瞳を、無菌ティアで洗い流す。視界が白く染まり、一瞬、何も見えなくなる。
全身研磨:白銀のブラシが、皮膚の表面を執拗に擦る。くすぐったいという感覚の奥で、微かな痛みが走る。

「くすぐったい……でも、気持ちいい……」

ハンベルの掠れた声に、志賀は満足げに微笑む。

「レイモンドとのランニングで汗をかいたようだね。八島くんとのリボン遊びで埃もついた。オジェとの庭の巡回で、外の草の匂いも……」

その言葉は、ハンベルの行動がすべて監視下にあることを、暗に告げていた。

氷川丸が、手元の端末に淡々とデータを打ち込む。

【世話役データ:身体影響】
レイモンド: 筋肉疲労 +5% (許容範囲)
八島: 皮膚汚染 +2% (要洗浄)
オジェ: 外気暴露 +3% (要注意)

「……了解した」

Step 2: 精神再構築(回復治療)

担当官:恵山(助手)

白い短髪、白い瞳を子供のように輝かせながら、恵山が近づいてくる。その手には、治療用とは思えぬほど鮮やかなブルーハワイのかき氷。

「ハンベルくん、カプセルタイムだよ! 回復率200%の特別製さ!」

(派遣調査員のクリーニングって、必ず行うんだけど……相手が朝日レベルだと僕は思ってます★)

白い卵型のカプセルが開く。内部から、むせ返るようなハンベリーの香りと、化学的なブルーハワイの冷却ミストが漏れ出した。ハンベルは、抗うことなくその中に身を横たえる。

「ブルーハワイミストで精神疲労を80%除去! ハンベリー香で栄養を50%補給!」

(バンベリーパラダイス。て言うよりも、派遣調査員の好みに合わせてアロマを作成するよ)

恵山の声が、カプセルの外からくぐもって聞こえる。白い光がハンベルの全身を包み込み、彼の「タフな精神」をさらに強固なものへと「調整」していく。

氷川丸の指が、再び端末の上を滑る。

【世話役データ:精神影響】
レイモンド: ストレス耐性 +10 (計画通り)
八島: 幸福度 +15 (良好な反応)
オジェ: 警戒心 +8 (想定内)

「……総合評価、世話役三名による保護効果は、極めて有効と判断」

Step 3: データ抽出(報告)

カプセルから出され、新しい白いパジャマに着替えさせられたハンベルは、再びベッドに座らされる。その手には、新たなハンベリーの実が握られていた。

「えっとね……」

彼の口から語られるのは、世話役たちの「問題行動」
それらがすべて、ハンベルの特定の反応を引き出すために計算されたものであることを、彼は知らない。

「レイモンドさんは、『義務だ』って言うけど、プロテインシェイクにハンベリーの隠し味を入れてくれるんだ! 甘くて、力が湧いてくるんだよ!」
「八島さんは、リボンで遊んでくれるけど、時々、すごく寂しそうな顔をするんだ……僕がいないとダメなのかなって思う」
「オジェさんは、『油断するな』っていつも言うけど、僕が転びそうになると、絶対に抱きとめてくれるんだ! すごく強くて、安心する」

氷川丸は、その報告に深く頷き、口元に満足の笑みを浮かべた。

「ありがとう、ハンベルくん。これで『世話役データ』は完成だ」

(レイモンドって教育係だよね。沢山の人を見てるからやれる行動だね。八島くんは富士くんの亜種だね。オジェはレイモンドその2だね。…なんで、教育係が2人いるんだろう。たまたま、合わさったのかもね)

【完成データ:世話役三人ファイル】

FILE 01: レイモンド=クワントリル
役割: 朝の訓練(肉体強化)
特徴: 冷徹、感情排除率99.7%
問題行動: プロテインシェイクへのハンベリー薬物混入
影響: ハンベルの筋力 +12%、ストレス耐性 +10
院長コメント: 条件付けによる信頼関係の構築は、順調と判断。

FILE 02: 八島
役割: 午後の慰安(精神安定)
特徴: 華麗、精神的不安定
問題行動: リボン遊びによる共依存関係の形成
影響: ハンベルの幸福度 +15、皮膚汚染 +2%
院長コメント: 相互依存の兆候を確認。監視を継続する。

FILE 03: オジェ=ル=ダノワ
役割: 夕方の警護(状況対応訓練)
特徴: 怜悧、完璧主義
問題行動: 偶発を装った身体接触による保護意識の植え付け
影響: ハンベルの警戒心 +8、外気暴露 +3%
院長コメント: 擬似的な安全領域の形成に成功。今後、段階的に危険因子を投入予定。

「ハンベルくん、明日は休みだからゆっくり休んでね。お疲れさん」

氷川丸の言葉に、ハンベルは眠そうにこくりと頷く。

「ありがとう」

「クリーニング済みの服は、もう準備してあるよ」と志賀が囁く。
「ブルーハワイ味の、楽しい夢を見せてあげる」と恵山が笑う。

白い静寂が、白城の医療施設を支配する。回復カプセルの中で、ハンベルはバンベリー畑に囲まれる夢を見る。それは、彼のために用意された、極楽浄土。

――データ作成、完了。次回のメンテナンスまで、被験体の厳重監視を継続する。