黒城・南棟。執行官専用の居住区の一角に、朱雀の私室はあった。
壁一面を覆う赤黒の装飾は、炎の残滓が蠢くようにゆらめいている。空気は常に熱を孕み、床には薄く灰が積もっていた。そこに、タムシはいた。
白髪が肩まで流れ、灰色の瞳には揺らぎがない。
彼はハクセンの人であり、少女の姿をした囚われ人――一年のあいだ、ここで朱雀の「世話係」として生きている。
「今日も、灰を払え」
低く響く声。紅蓮の瞳がタムシを射抜く。黒のロングコートが揺れ、背の翼模様が炎のように蠢いた。
タムシは無言で膝をつき、指先で床の灰を掻き集める。その動きに迷いはない。灰は、昨夜朱雀が「浄化」した捕虜の記憶の残滓。朱雀の力「業火」は、敵の絆を焼き払うだけでなく、日常の感情すら灰に変える。
タムシの指が灰に触れる。微かな熱が皮膚を走る。
朱雀の炎は「愛の残り香」を感知する。だがタムシには愛などない――そう信じていた。不動心の少年は、ただ灰を払う。
朱雀はその無感情さこそが、燃やしたくてたまらなかった。
「タムシ」
歩み寄る足音。赤いフレアパンツの裾が揺れ、黒底のヒールが床を叩く。朱雀はタムシの顎を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「お前には、まだ燃やすものがある」
その指先に、朱き炎が灯る。
タムシの瞳は揺れない。けれどその奥底で、朱雀の炎が微かに「絆の残滓」を感知した。ハクセンの風景。母の声。友の笑顔。封印してきた記憶が、ふいに目を覚ます。
「燃やしてやる。――俺の美学だ」
熱が走る。
炎は肉を焼かず、心を焦がす。白い髪が紅に染まり、灰が舞った。タムシは抵抗しない。不動心を貫いたまま、炎を受け入れる。
やがて記憶は燃え尽き、灰と化した。
「……終わったか」
平坦な声が響く。朱雀は満足げに頷き、コートの裾を払う。
「いい灰だ。明日も世話を頼む」
タムシは立ち上がり、灰を払う。朱雀の肩に落ちた細かな灰を、冷静な手つきで拭った。朱雀は白い髪を掴み、引き寄せる。
「お前は俺の灰だ。燃え尽きるまで、世話をしろ」
タムシは何も答えず、ただ灰色の瞳で朱雀を見返す。
いつかこの不動心まで、朱雀の炎に焼かれる日が来るのかもしれない。
だが今は、ただ灰を払うだけ。
部屋には新たな灰が積もる。
朱雀の業火は絆を焼き、愛を灰にする。タムシはその灰の世話係。
黒城の南風は、今日も静かに絶望を運んでいた。
壁一面を覆う赤黒の装飾は、炎の残滓が蠢くようにゆらめいている。空気は常に熱を孕み、床には薄く灰が積もっていた。そこに、タムシはいた。
白髪が肩まで流れ、灰色の瞳には揺らぎがない。
彼はハクセンの人であり、少女の姿をした囚われ人――一年のあいだ、ここで朱雀の「世話係」として生きている。
「今日も、灰を払え」
低く響く声。紅蓮の瞳がタムシを射抜く。黒のロングコートが揺れ、背の翼模様が炎のように蠢いた。
タムシは無言で膝をつき、指先で床の灰を掻き集める。その動きに迷いはない。灰は、昨夜朱雀が「浄化」した捕虜の記憶の残滓。朱雀の力「業火」は、敵の絆を焼き払うだけでなく、日常の感情すら灰に変える。
タムシの指が灰に触れる。微かな熱が皮膚を走る。
朱雀の炎は「愛の残り香」を感知する。だがタムシには愛などない――そう信じていた。不動心の少年は、ただ灰を払う。
朱雀はその無感情さこそが、燃やしたくてたまらなかった。
「タムシ」
歩み寄る足音。赤いフレアパンツの裾が揺れ、黒底のヒールが床を叩く。朱雀はタムシの顎を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「お前には、まだ燃やすものがある」
その指先に、朱き炎が灯る。
タムシの瞳は揺れない。けれどその奥底で、朱雀の炎が微かに「絆の残滓」を感知した。ハクセンの風景。母の声。友の笑顔。封印してきた記憶が、ふいに目を覚ます。
「燃やしてやる。――俺の美学だ」
熱が走る。
炎は肉を焼かず、心を焦がす。白い髪が紅に染まり、灰が舞った。タムシは抵抗しない。不動心を貫いたまま、炎を受け入れる。
やがて記憶は燃え尽き、灰と化した。
「……終わったか」
平坦な声が響く。朱雀は満足げに頷き、コートの裾を払う。
「いい灰だ。明日も世話を頼む」
タムシは立ち上がり、灰を払う。朱雀の肩に落ちた細かな灰を、冷静な手つきで拭った。朱雀は白い髪を掴み、引き寄せる。
「お前は俺の灰だ。燃え尽きるまで、世話をしろ」
タムシは何も答えず、ただ灰色の瞳で朱雀を見返す。
いつかこの不動心まで、朱雀の炎に焼かれる日が来るのかもしれない。
だが今は、ただ灰を払うだけ。
部屋には新たな灰が積もる。
朱雀の業火は絆を焼き、愛を灰にする。タムシはその灰の世話係。
黒城の南風は、今日も静かに絶望を運んでいた。



