黒城の奥深く、黒曜の管理室は常に薄闇に沈んでいた。壁は黒い石で覆われ、わずかなランプが赤い影を揺らす。そこは、女たちの「生殖機能」を保管する場所――それと隔離された物(遺体)も保管されており、ソレ等は飯というしょうもないみっとない穢れた倉庫である。
夕闇はその管理人だった。黒の上級執行官として洗脳教育を担い、表向きは愛想笑いを絶やさない。黒のノースリーブセーラー服に深紅のリボンを揺らす。ちなみに、保管してる物の下処理は岩鬼が行う。

今日の獲物は、特別だった。
タムシ――ハクセン出身の少年。体つきは華奢で、白い髪が肩まで流れ落ちる。灰色の瞳には静かな不動心が宿っていた。鎖で拘束された彼は、管理室の中央に座らされている。
夕闇は赤いソールのローファーを鳴らし、黒のニーハイが引き立てる脚を軽く組み替えながら近づいた。

「…かわいいな。タムシだったかな? ハクセンの白い妖精とも言える。俺が世話してあげるからな――ようこそ黒城へ」

陽気に響いたその声の奥には、冷ややかな光が潜んでいた。血赤のカラコンが光る白い瞳には、過去を切り捨てた者の残酷な静けさが宿る。寂しがり屋だった自分を「弱さ」として葬った夕闇は、他者にも同じ苦しみを刻む。
彼にとって「女を物にする」ことは信条であり、殺して機能を奪うような真似はしない。それが“黒者”と同じ行動を取る、自分らしさだった。女の前では男らしく振る舞い、嫌われることを恐れる。プライベートは、死ぬまで見せない。

タムシは静かに顔を上げた。灰色の瞳は揺るがず、白い髪はひと筋も動かない。
「世話? 僕は物じゃない。ハクセンのタムシだ」

夕闇は微笑を深め、黒のホットプリーツパンツに走る赤のラインを指でなぞった。広い肩幅と締まった体躯を誇示しつつ、タムシの前に膝を折る。男らしい仕草で、静かに白い髪を撫でた。
「物なんかじゃねぇけどよ…お前は、俺の大切な『女』だ。――体が女みたいにきれいだろ? “世話する”ってのはな、洗脳教育のことさ。黒城のルールに馴染ませるためのな」

闇の壁――朝日の光壁を反転させた、精神を蝕む結界。彼はそれを発動させる準備をしながらも、今は穏やかに振る舞った。
まずは「世話」から始めるのだ。

夕闇は鎖を外し、眉を寄せてタムシの体を抱き上げる。その体は驚くほど軽く、柔らかかった。ベッドへと運び、穏やかに微笑む。
「まずは食事からな。俺が作った。女は栄養を取らねぇと、機能他、全てが落ちるからさ。大変だろうけど、良いよな」

皿の上のスープには、黒城特製の薬が混ぜられていた。洗脳の第一段階。
タムシは不動心を貫き、口を開こうとしない。だが夕闇は、男らしい微笑みを崩さず、スプーンを唇へと運んだ。
「食べろ。俺が世話をするんだから、お前に嫌われるわけ、ないだろ?」

灰色の瞳がわずかに揺らぐ。夕闇の陽気な仮面の裏に、かすかな孤独の影が射す。タムシはその正体を知らなかった。

夜が更けた。
夕闇はタムシの白い髪を梳き、灰色の瞳を覗き込む。
「お前は俺の物だ。黒曜の管理のように、機能だけじゃなく、心まで世話するよ」

だがタムシの瞳は揺るがない。
「僕は少年だ。女じゃない」

その言葉とともに、夕闇の笑みが冷たく歪む。
闇の壁が展開され、管理室全体を黒い結界が包んだ。精神を蝕む闇が、静かにタムシを飲み込む。

「なら、世話で証明してあげようか。俺の裏の顔、見せてあげる」

闇の中、夕闇は語り出す。かつての寂しがり屋だった自分を、いかに切り捨てたかを。
その苦しみを、タムシにも負わせるように。

だが、そのとき――黒城の執行官たちが乱入する。
タムシを奪おうとする仲間に、夕闇は裏切りを選んだ。
闇の壁を維持したまま敵を引きずり込み、自らの命を崩壊させる。

「お前は俺の女だ。死んでも、離さねぇからな!」

爆ぜる闇。夕闇の体は闇とともに崩れ落ちる。
残されたのは、白い髪の少年――タムシただひとり。
灰色の瞳が、静かに光を宿す。

「世話? 僕は自由だ」

(僕、男なんだけどね……まぁ、いっかな★)

黒城の闇はなおも深まる。だがタムシの瞳だけは、決して曇ることがなかった。
夕闇の“世話”は、結局、永遠の檻を生み出すことでしか終われなかった。