鉄と血の匂いが染みついた黒城の地下。その最奥、拷問室の隣に設けられた薄暗い居室に、鉄の扉が軋む音を立てて開く。
焔魔が血に濡れたブーツを鳴らしながら入ってきた。白い瞳には血赤のカラコンが嵌められ、黒いフリルシャツの袖口からは、つい先ほどまで敵の皮膚を抉っていた棘付きの鎖が覗いている。

「おぉう、今日の“芸術”は上出来だったな。あの絶望の叫び、まるでオペラのクライマックスだ……」

焔魔は楽しげに呟き、部屋の隅に視線を向けた。そこには、タムシが座っていた。
白髪が肩に流れ、灰色の瞳は虚空を映すように静かだ。不動の心を宿した少年。その女性的な柔らかな体躯は黒のローブに包まれている。彼はただ、言葉もなく焔魔の帰りを待っていた。

ハクセン出身の彼は、黒城に連れて来られて以来、焔魔の“世話係”とされていた。いや、正確には焔魔が一方的にそう決めつけたのだ。

「タムシぃ~、おかえりのキスは? ほら、今日も疲れたんだから、ちゃんと世話しろよなぁ?」

焔魔は跳ねるような短髪を揺らしながら、ベッドに腰を落とす。血赤のプリーツパンツが皺をつくり、ヒールブーツの先が床を打った。
タムシは無言で立ち上がり、焔魔の前に跪く。灰色の瞳に微かな感情の色さえない。ただ手を伸ばし、丁寧にシャツのフリルを整えた。

「……血の臭いがする。拭く?」

低く静かな声。焔魔は目を細め、愉快そうに笑う。
「拭く? いいや、そんな優しいことを言うなんて珍しいな。いいぜ、やってみろ。お前の細い指で俺の“芸術”を綺麗に拭き取れ。ただし――下手だったら罰だ。お前の身体で新しい拷問具を作らせてもらう」

軽く指を動かすと、シャツのフリルが一瞬、鋭い刃へと変形しかけた。焔魔の能力――装飾や衣服を即座に武器へ変える、“変形拷問具”の使い手。その華やかさを残酷に歪めた異能だった。

タムシは怯むことなく、傍らの盆から濡れ布を取る。静かに、焔魔の手に絡む鎖を拭い始めた。血が布に滲み、鉄の匂いが部屋に充満していく。
焔魔はその様子を見下ろしながら、内心で舌打ちした。

(こいつ、本当に心が折れねぇな……どんな絶望を見せても、灰の瞳は揺れないとは。玄武様に認められるには、もっと派手な“芸術”がいるぞ。でも、こいつの世話を受ける時間――案外、悪くねぇのかもな)

承認に飢えた焔魔にとって、タムシの無表情は苛立ちと魅惑の源だった。敵の心を破壊する“絶望の道化”であるはずの彼が、この少年の前では奇妙に人間的な一面を覗かせてしまう。

タムシは作業を終えると、立ち上がり無機質に言った。
「靴も汚れている。脱ごう」

「お! 命令口調か。可愛いじゃねぇかよ。じゃあ代わりに、お前が俺の膝枕になれ。今日の拷問で疲れたからさ?」

焔魔は軽くブーツを蹴り上げ、タムシの胸に当てる。タムシはそれを受け流し、淡々と靴を脱がせた。黒のエナメルが剥がれるように落ち、血に染まったソックスが現れる。
焔魔はベッドに身を投げ、タムシの膝に頭を預けた。白い髪が頬をくすぐる。

「なぁ、タムシ。お前はなんでそんなに静かでいられるのか? 俺の拷問を見ても怖くないのか? ハクセンから連れられて、こんな腐った黒城で……絶望しねぇの?」

タムシは灰の瞳で焔魔を見下ろした。
「……世話をするだけ。不動心は、揺れない」

焔魔は笑いながらも、心の奥で苛立ちを噛みしめた。
(俺をただの道具みたいに……。でも、いつか折ってみせる。俺の絶望を、最高の芸術にしてやるからな?)

その夜、焔魔はタムシの膝で静かに眠りに落ちた。
タムシはただ、黙ってその髪を撫で続ける。

白髪と灰の瞳の少年は、黒城の闇の中でひとつの灯のように佇んでいた。
世話は続く。焔魔の享楽的な残虐と、タムシの無動の心――その均衡が崩れる日が、やがて訪れるのかもしれない。