黒城の玉座の間は、常に凍てつく闇に沈んでいた。
黒い石壁は無慈悲に光を呑み、響くのは玄武のドレスシューズが床を叩く音のみ。
その王座に腰掛けるのは、黒城の絶対君主──玄武。
血色のネクタイを無意識に指で弄びながら、彼は無表情のまま部下の報告を聞いていた。
白い瞳には微塵の感情もなく、漆黒の髪だけが影のように揺れている。

「殿下、タムシ殿がまた庭で倒れられました。ハクセン出身の少年です。白い髪が泥にまみれ、灰色の瞳は虚ろで……体調が優れぬようで」

その言葉に、玄武の眉がかすかに動いた。
タムシ──あの不動心を持つ少年。体は華奢で柔らかく、だが心は鋼のように揺るがない。
玄武は家族の情を嫌悪していた。感情など、弱さの象徴にすぎぬ。
だが、タムシは違う。
使えると最初は思った。だが今では、彼の無垢さが玄武の内側を侵していく。

「……世話など不要だ」

そう呟きながらも、玄武の足は玉座を離れ、自然と庭へ向かっていた。
幼体を目にすると体調を崩す──それが玄武の呪いにも似た弱点だった。
黒者の孤独を真似して生きてきたはずなのに、タムシの存在だけがそれを乱す。

庭に出ると、タムシは白い髪を乱し、灰色の瞳を空に向けていた。
小柄な体は女のように繊細で、呼吸は浅い。
それでも、少年は毅然としていた。

「殿下……僕は、大丈夫です」

その声は静かで、揺らがない。
玄武の胸の奥が軋む。
幼体のような無防備さに、突き上げる吐き気。戦闘不能に近い苦痛が襲う。
だが、王は耐える。冷酷でなければならない。感情など、決して認めてはならないはずだった。
──恋人でもない。道具だ。そう言い聞かせた。

「黙れ。道具が倒れることなど、許されん」

玄武はタムシを抱き上げる。軽い。壊れそうなほどに。
体内の侵食黒血が疼くのを抑え込みながら、彼は城奥の私室へと運んだ。
ベッドに横たえ、部下を遠ざける。
冷えた指先で額を撫で、水を口に含ませる。
灰色の瞳が彼を見つめ返す。その奥に映るのは、孤独を刻まれた同じ魂。

「なぜ、世話をするのですか……? 殿下は、他者への情を弱さと断じたはず」

その問いに、玄武の白い瞳が赤く滲む。
装う冷静さが、剝がれ落ちていく。

「黙れ。家族など、作らん。ただ……お前は、違うのだ」

静かに、黒衣の王はタムシの髪を梳いた。
白い細い髪が指先に絡むたび、胸の疼きが少しずつ変わっていく。
黒者の真似をして孤独を選んだ自分は、もはや幻想の影を追っていただけかもしれない。

夜が深まる。
玉座の王は、はじめて他者の温もりを受け入れた。
侵食黒血の疼きは不思議と治まり、代わりに名も知らぬ感情が芽吹く。
それが弱さなのか、救いなのか。
玄武には、まだ答えがわからなかった。