朝の光が薄く差し込む古びたアパート。
キヅタはいつものようにフリルのついたエプロンを腰に巻き、鏡の前で白黒のアシンメトリーヘアーを整えていた。右は漆黒、左は純白。鏡の中のオッドアイ――片方が白、もう片方が黒の瞳――が、自分を静かに睨み返す。
女装は趣味だが、口調だけは決して崩さない。
「〜♪ 今日も完璧な私〜♪」
その明るい独り言を遮るように、隣の部屋から弱々しい咳が聞こえた。
パライタだ。昨日から熱を出して寝込んでいる。青緑の髪は汗で額に張りつき、海のような瞳が曇っていた。
キヅタはため息をつき、スープと薬を載せたトレイを手にして部屋に入る。
「おーい、パライタくーん。起きて、ご飯だぞ〜」
ベッドサイドにトレイを置き、そっと少年の肩を揺する。パライタがうっすらと目を開いて、かすれた声で言った。
「キヅタ……? ごめん、迷惑かけて……」
「迷惑だって? 馬鹿言うなし。私が世話してあげるのが決まりじゃないか」
キヅタは軽く笑いながら、パライタの上半身を抱え起こし、枕を背中にあてがった。屈強な腕とは裏腹に、その動きは驚くほど丁寧だった。スープのスプーンを手に取り、そっと息を吹きかける。
「ほーら、口を開けて。熱いぞぉ〜♪」
パライタは頬を赤らめて、素直に従う。温かなスープが喉を滑り落ちるにつれて、瞳の海色に一筋の光が戻る。
「おいしい……キヅタ、ありがとう。いつも、こんな格好で世話してくれて……」
キヅタは鼻を鳴らす。
「格好ってなんだいな? これが私のスタイルだぞえ。文句あるかいな? 君みたいな細っこい子が倒れてるの見ると、放っておけないんだよね」
言葉とは裏腹に、昨夜も彼は眠らず看病していた。冷たいタオルを取り替え、薬を買いに夜道を走った。そのことをパライタが知ることはない。
午後、ようやく熱が下がり始めたころ、キヅタはパライタの髪を丁寧に梳いた。青緑の髪が光にきらめく。
「よ〜し、薬を飲んでね。次は風呂だよ。私が背中を流してやるからね」
「え、ええ!? じ、自分でできるよ!」
慌てるパライタをよそに、キヅタのオッドアイが細く光る。
「……わかった」
浴室に湯気が満ちる。キヅタはドレスを脱がず、エプロンだけを外してパライタを支えながら湯船に入れた。温かい湯が少年の白い肌を包み、キヅタの大きな手が慎重に背中を洗う。
「痛くないかな? もっと力を抜いてね」
パライタは目を閉じ、キヅタの胸にそっと寄りかかった。
「キヅタは強くて、優しいね……俺、こんなに世話されて、幸せだよ」
「幸せ? 私はただ、君が元気にならないと面倒だからだよ」
ぶっきらぼうそうな言葉の奥に、照れと安堵が混ざる。湯気の中、白と黒の髪がゆらりとたなびき、二人の影が壁に重なった。
夕暮れ、パライタは静かに眠っていた。
キヅタはその寝顔を見つめ、低くつぶやく。
「お〜い、パライタくん。早く治そうね。私の世話、まだまだ続くんだからさぁ〜?」
屈強な女装家と、病弱な少年。
強がりな言葉の裏に宿るのは、確かな絆だった。二人の日常は、今日も静かに、穏やかに続いていく。
キヅタはいつものようにフリルのついたエプロンを腰に巻き、鏡の前で白黒のアシンメトリーヘアーを整えていた。右は漆黒、左は純白。鏡の中のオッドアイ――片方が白、もう片方が黒の瞳――が、自分を静かに睨み返す。
女装は趣味だが、口調だけは決して崩さない。
「〜♪ 今日も完璧な私〜♪」
その明るい独り言を遮るように、隣の部屋から弱々しい咳が聞こえた。
パライタだ。昨日から熱を出して寝込んでいる。青緑の髪は汗で額に張りつき、海のような瞳が曇っていた。
キヅタはため息をつき、スープと薬を載せたトレイを手にして部屋に入る。
「おーい、パライタくーん。起きて、ご飯だぞ〜」
ベッドサイドにトレイを置き、そっと少年の肩を揺する。パライタがうっすらと目を開いて、かすれた声で言った。
「キヅタ……? ごめん、迷惑かけて……」
「迷惑だって? 馬鹿言うなし。私が世話してあげるのが決まりじゃないか」
キヅタは軽く笑いながら、パライタの上半身を抱え起こし、枕を背中にあてがった。屈強な腕とは裏腹に、その動きは驚くほど丁寧だった。スープのスプーンを手に取り、そっと息を吹きかける。
「ほーら、口を開けて。熱いぞぉ〜♪」
パライタは頬を赤らめて、素直に従う。温かなスープが喉を滑り落ちるにつれて、瞳の海色に一筋の光が戻る。
「おいしい……キヅタ、ありがとう。いつも、こんな格好で世話してくれて……」
キヅタは鼻を鳴らす。
「格好ってなんだいな? これが私のスタイルだぞえ。文句あるかいな? 君みたいな細っこい子が倒れてるの見ると、放っておけないんだよね」
言葉とは裏腹に、昨夜も彼は眠らず看病していた。冷たいタオルを取り替え、薬を買いに夜道を走った。そのことをパライタが知ることはない。
午後、ようやく熱が下がり始めたころ、キヅタはパライタの髪を丁寧に梳いた。青緑の髪が光にきらめく。
「よ〜し、薬を飲んでね。次は風呂だよ。私が背中を流してやるからね」
「え、ええ!? じ、自分でできるよ!」
慌てるパライタをよそに、キヅタのオッドアイが細く光る。
「……わかった」
浴室に湯気が満ちる。キヅタはドレスを脱がず、エプロンだけを外してパライタを支えながら湯船に入れた。温かい湯が少年の白い肌を包み、キヅタの大きな手が慎重に背中を洗う。
「痛くないかな? もっと力を抜いてね」
パライタは目を閉じ、キヅタの胸にそっと寄りかかった。
「キヅタは強くて、優しいね……俺、こんなに世話されて、幸せだよ」
「幸せ? 私はただ、君が元気にならないと面倒だからだよ」
ぶっきらぼうそうな言葉の奥に、照れと安堵が混ざる。湯気の中、白と黒の髪がゆらりとたなびき、二人の影が壁に重なった。
夕暮れ、パライタは静かに眠っていた。
キヅタはその寝顔を見つめ、低くつぶやく。
「お〜い、パライタくん。早く治そうね。私の世話、まだまだ続くんだからさぁ〜?」
屈強な女装家と、病弱な少年。
強がりな言葉の裏に宿るのは、確かな絆だった。二人の日常は、今日も静かに、穏やかに続いていく。



