氷川丸の記録

白城・西棟の更衣室。
朝の巡回を終えた八島は、白い軍服の裾を軽やかに翻しながら、腕に抱えた巨大な衣装袋を高々と掲げた。

「パライタく~ん!!! 今日のコーデ、決まったよ!」

ドアの向こうから、青緑色の髪がぴょこんと飛び出す。まだパジャマ姿の少年が、眠たげに目をこすりながら顔を出した。

「……八島さん、朝から元気すぎる」

「朝からテンション上げないと、一日が始まらないじゃん! さあさあ、着替えるよ!」

返事も聞かずに、八島は少年を更衣室の奥へ引っ張り込み、衣装袋をベンチに置く。ジッパーを勢いよく開けると、中から現れたのは——

・黒のゴシックロリィタ風プリンスドレス
・レースたっぷりの白エプロン
・フリル満載のプリンスヘッドドレス
・そして、なぜか小さなウサギのぬいぐるみ付きガーター

「……これ、全部着るの?」

「もちろん! 今日は“実験室の王子様”コンセプト! 見て、このレースの層! 七層もあるんだよ!」

白い瞳がきらめき、八島の声が弾む。少年は呆然としながらも、その勢いに押され、しぶしぶ着替え始めた。八島の手は手際よくボタンを留め、リボンを結び、フリルを整えていく。

「ほら、腕を通して……うん、完璧! やっぱりパライタは細いから、こういうシルエットが一番映える」

鏡の前に立たされたパライタは、海色の瞳を丸くして自分の姿を見つめた。

「八島さん……これ、実験室で着るの?」

「当たり前じゃん! 可愛いは正義! しかも——」

そう言って八島が取り出したのは、背中が大胆に開いた白い実験用エプロンだった。ワンピースのフリルがちらりと覗くようにデザインされており、妙に完璧な仕上がりだ。

「機能性もバッチリ! ポケットにはペン三本、試験管ホルダー、緊急用キャンディまで入るんだよ!」

少年は小さくため息をつきながらも、八島にヘッドドレスを整えられるうち、ふっと笑みをこぼした。

「……ありがとう。でも、八島さん」

「ん?」

「なんで、いつもこんなに世話焼いてくれるの?」

八島の手がわずかに止まる。白い髪が少年の頬に触れ、寂しげな微笑みが浮かんだ。

「……だって、僕は、一人だと寂しいんだ。パライタくんがいると、毎日が楽しいんだよ」

少年はその大きな手に、自分の細い手をそっと重ねた。

「俺も、八島さんがいてくれるから、毎日頑張れる」

次の瞬間、八島の顔がぱっと明るくなる。白い瞳に涙が光り、満面の笑みのまま少年を抱きしめた。

「よーし! じゃあ今日は、実験のあとにティータイム! 僕の焼いたクッキー、持ってくから!」

「……また甘すぎるやつ?」

「愛情たっぷりだからね!」

フリルが揺れる実験室への廊下を、二人の歩調が重なる。
八島はパライタの手をしっかり握り、今日も過剰なまでの愛情で世話を焼き続けるのだった。