氷川丸の記録

銀の塔、静寂の間。
午前九時四十五分。

アィーアツブスは銀の制服を身にまとい、白い髪を風に揺らせて立っていた。
白濁した瞳の奥には静かな波があり、壁際には大剣「リヴァレイン」が無造作に立てかけられている。

今日は休み。
けれど彼にとって休みとは、ただ「感情の嵐を鎮めるための時間」にすぎない。

「……パライタ。来い」

その声に応えるように、少年が扉の陰から這うように現れた。
青緑の髪は乱れ、海の底を映すような瞳が怯えと安堵のあいだで揺れている。
首輪はすでに外され、代わりに細い銀のブレスレットが手首に巻かれていた。

アィーアツブスはその前に膝をつき、静かに視線を合わせる。
「今日は……静かにしてやる」

少年は小さく頷いた。
男は立ち上がり、少年の手を取る。

「朝食だ」

二人は食堂へ向かう。
テーブルには温かなスープと柔らかいパン。
アィーアツブスはスプーンを手に取り、少年の口へゆっくりと運んだ。

「焦るな。……ゆっくりでいい」

少年は震える唇でそれを受け取り、息を詰めるように飲み込む。
男は感情の波を抑えながら、穏やかに問いかけた。

「美味しいか」

少年はまた、小さく頷く。
その瞬間、男の瞳にかすかな光が揺れた。

「よし……もっとだ」

やがて食後。男は少年を浴室へ連れていく。

「洗浄だ」

蛇口を回し、三十八度の湯を張る。
「脱げ」

少年はゆっくりと、震える手で衣を脱いだ。
アィーアツブスも鎧を外し、少年の背後に立つ。

「僕がやる」

石鹸を手に取り、背中をそっと洗う。
「肩……首筋……」
指先は優しく、それでいて確実だった。

「髪も」

泡立てたシャンプーで青緑の髪を丁寧に洗う。
「綺麗だな……君は」

湯から上がると、男はタオルで少年の体を包んだ。
そして白いシャツと柔らかなズボンを手に取る。

「これに着替えて」

少年がそれに袖を通すと、アィーアツブスはそっとボタンを留めてやった。
「これでいい」

居間に戻ると、少年をソファに座らせ、自らもその隣に腰を下ろす。
逞しい腕が静かに回される。

「休め」

少年は安堵の息を漏らし、男の胸に体を預ける。
アィーアツブスの瞳がわずかに輝いた。

「今日は……壊さない」

午後の光が柔らかく部屋を照らす。
響くのは、浅い寝息と静寂だけ。

「……君は、僕の静寂だ」

男は少年の髪を指で梳き、目を閉じた。
「感情の嵐を……抑えてくれる」

白銀の髪が青緑の髪に寄り添い、
居間には、ただ二人の影だけが静かに重なっていった。
感情の静寂の中へ、溶けていくように。