東国の閑静な団地。
午前十時三十分。
カイツールは背筋をまっすぐに伸ばし、白髪を整然と束ねていた。銀の杖が膝に立てかけられ、冷たく光る白の双眸は一点の曇りもない。制服の襟は一ミリの乱れさえ許さず、机の上には地図と報告書が整然と並べられている。
今日は休暇のはずだった。だが、彼にとって“休み”とは、次の罠を仕掛ける静かな時間に過ぎない。
「パライタ。入室」
低い声が響くと、扉の陰から少年が這うように姿を現した。青緑の髪は乱れ、海を思わせる瞳は怯えに揺れている。首輪は外されていたが、代わりに細い銀の鎖が手首に巻かれていた。
カイツールは少年を見上げ、杖の先で床を軽く叩く。
「遅い。……罰として、今日一日、僕の駒になれ」
少年は小さく頷いた。
男は立ち上がり、無造作に少年の顎を指で摘み上げる。
「顔色が悪い。……栄養管理を怠ったか」
彼は少年を椅子に座らせ、自らは向かいに腰を下ろす。
「摂取を開始」
机の上には、計算し尽くされた朝食が並んでいた。
スクランブルエッグ——蛋白質十八グラム。
トースト——炭水化物三十二グラム。
オレンジジュース——ビタミンC 八十ミリグラム。
カイツールはフォークを取り、無言でパライタの唇に食事を運ぶ。
「咀嚼二十回。……遵守」
少年は震える唇でそれを受け取り、必死に噛んだ。
その横で男はストップウォッチを操作する。
「摂取時間、九分十二秒。標準内」
食後、カイツールは立ち上がり、少年を浴室へと促す。
「洗浄」
蛇口を捻ると、湯が静かに流れ出す。温度は三十八度、誤差なし。
「脱衣」
震える手で服を脱ぐ少年の後ろに立ち、男は杖を壁に立てかける。
「僕が実行する」
冷たい手が、正確な動きで石鹸を泡立てる。
背中を洗い、肩甲骨の隙間に指が滑る。
「残渣確認。追加洗浄」
指先は機械のように乱れなく、冷たく、だが確実だった。
「首筋」
少年の体がびくりと震える。
カイツールはシャンプーを手に取り、青緑の髪を丁寧に洗い上げる。
「毛髪乱れ率八パーセント……修正」
浴室を出ると、タオルで水分を拭い取る。
「除去率九十九パーセント。……着衣」
灰色のシャツと黒のパンツを選び、一つずつボタンを留める。
「フィット率、一〇〇パーセント」
再び作戦室に戻ると、カイツールは少年をソファに座らせ、自分は向かいに腰を下ろす。
膝の上のタブレットを操作しながら、少年の瞳を覗き込む。
「瞳孔拡大率十二パーセント。恐怖値、上昇」
パライタは小さく息を詰めた。
カイツールは静かに微笑み、杖の先で少年の膝を軽く叩く。
「震えるな。……データが乱れる」
午後の光が無機質な蛍光に混じり、空気は研ぎ澄まされていた。
少年の浅い息と、計測音だけが空間を満たす。
「……休みとは、非効率だな」
男はタブレットを閉じ、少年の隣に座る。
「だが、君は僕の最高の駒だ」
白い髪が青緑の髪に触れぬよう、わずかな距離を保ったまま、
二人の影は静かに並んだ。
静謐の中で、彼らは冷たく平行したまま、策謀の糸に絡め取られていった。



