白昼の海辺。海の家「白蝶貝」は潮風と陽光に包まれ、木製テラスを飾る貝殻がきらめいていた。波の音、観光客の笑い声、グラスの触れ合う音。夏の喧噪に満ちたその空間の片隅だけ、異様な静寂が張り詰めている。
テーブルを挟み、銀警察署の二人の巨人――レイモンド=クワントリルとキムラヌート――が向かい合っていた。

レイモンドは白いタンクトップにカーキのショーツというラフな装いながら、白髪と白い瞳が氷の光を放っている。鋼鉄のような肉体を持つ副署長であり総教官。その男が休日のはずの午後、なお戦場に立つ兵士の眼で相手を睨んでいた。
ビールを握る手がテーブルを打ち鳴らす。
「キムラヌート。こんなところで何の用だ？ 君の休みを潰しに来たなら、それなりの“価値”を見せてもらおうか」

キムラヌートは黄金の硬貨を思わせる鎧風の衣をまとい、まるで歩く財宝のように光を放っていた。短く整えた白髪、そして金を湛えた白い瞳。その眼差しは、硝子の奥で静かに燃える炎のようだ。
彼は指先でテーブルの上の黄金の秤をひとつ弾いた。カチリ――と澄んだ音。
「苛立ちは興味深いが、レイモンド。君の今の“市場価値”は低い。僕はただ、君の力を測りに来ただけだ」

「測るだと？」
レイモンドの唇が歪む。
「君のその金ピカの玩具で僕を値踏みする気か。僕は女にも男にも興味は無いが、金にしか心を動かせない奴はそれ以上に嫌いだ」

キムラヌートは微笑む。その笑みに血の温度はない。
「感情は非効率だ。怒りも冷酷さも、すべて金で測れる。僕の秤は嘘をつかない」
彼が秤を持ち上げると、皿が微かに傾いた。目に見えぬ力が流れ、まるでレイモンドという存在そのものを計っているかのようだった。
「なるほど……確かに力の値は高い。しかし忠誠心も信頼も、ほぼ無価値だ。実に面白いデータだ」

次の瞬間、レイモンドの拳がテーブルを砕くように叩きつけられた。木が悲鳴を上げ、周囲の客が振り返る。だが二人の放つ殺気に触れた人々は、すぐに視線を逸らした。
「ふざけるな。僕の価値を君の金で測るだと？ 副署長を舐めるな。その秤ごと叩き壊してやる」
白い瞳が閃く。空気が焼けるように震えた。

キムラヌートはゆるやかに立ち上がり、黄金の秤を変形させる。その瞬間、刃が展開し、戦斧の光が陽光を裂いた。
「壊す？ 差し支えない。ただし、覚えておけ――この秤は富と力を測るだけではない。価値なき者を裁く道具でもある。試そう、レイモンド。君の“力”が、僕の“富”に勝つか」

彼の掌には「重貨砲」が現れ、砲口に刻まれた硬貨模様が不気味に輝く。
レイモンドも立ち上がり、巨躯がテラス全体を圧倒した。
「試すだと？ その玩具が僕の拳を止めると思うなよ」

波音が消えた。夏の日差しの下、空気は凍りつく。
「富こそ力だ、レイモンド。君の怒りなど、秤の上では軽い」
「なら測ってみな。壊れたら――泣くなよ」

海の家「白蝶貝」のテラスは、灼けた白に包まれながら、氷の戦場へと変わっていた。
富と力。打算と冷酷さ。その衝突の前触れだけが、波間に静かに刻まれていた。