夏の昼、海の家「白蝶貝」は陽光を浴びてまばゆく輝いていた。
テラスの貝殻飾りが風に揺れ、潮の匂いが木製のテーブルを撫でていく。波の音が観光客のざわめきに溶け込む中、一角だけが異様な静けさに包まれていた。

その静寂の中心に、二人の男がいた。
銀警察署の冷酷な副署長、レイモンド=クワントリル。そして、終焉を司る謎めいた存在、デウス=エクス=マキナ。二人はテーブルを挟み、まるで別世界の住人同士のように向かい合っていた。周囲の客たちは、彼らの放つ圧に気づき、息を潜めたまま席を立っていく。

レイモンドは白いタンクトップにカーキのショーツという軽装だったが、屈強な体躯と白髪、そして白い瞳が放つ冷酷な威圧を隠すことはできなかった。
ビールのグラスを握り、彼はデウスを睨み据える。

「デウス。君みたいな不気味な奴が、こんな場所に何の用だ? 僕の休みを邪魔するなら、その“終わり”とやらを僕の拳で終わらせてやる」

(開始早々、意味が不明すぎる)

低く響く声には、いつもの苛立ちが滲んでいた。嫌悪と憎悪を糸で編んだような声音。

デウス=エクス=マキナは、黒い墨鋼の筆をそっと卓に置く。
乱れひとつない金髪、生命の底を見通すような瞳。その胸には、金と黒の制服に刻まれた蜘蛛の巣の紋章が輝いていた。脇には巻物「命綴」が置かれ、微かに光を放っている。

「レイモンド=クワントリル」
彼は静かに名を呼び、微笑んだ。
「君の物語は……重い。冷酷さ、憎悪、力。それらは魂の価値を高める。だが、終わりは必ず訪れる」

その声は穏やかでありながら、死の宣告に等しかった。

「俺はただ、君の“終わり”を見届けに来ただけだ。契約は、まだか?」

レイモンドの眉がわずかに動いた。
グラスがテーブルに叩きつけられ、木が軋む音が響く。

「終わりだと? …アンタのその気色悪い哲学は、聞くだけで虫唾が走る。ボ……いや、私は銀警察署の副署長だ! アンタの筆で私の命を量れると思うな!?」

拳を握りしめる腕に青い血管が浮かび、白い瞳が危うく光る。

デウスは微動だにせず、筆を手に取ると空中に「終」の一字を描いた。
黒い文字が液体となって滴り、テーブルに消える。

「レイモンド。君の怒りは美しい。だが、怒りも憎悪も、ただの物語の一部だ。俺の役目は、その物語に幕を引くこと」

命綴を開くと、光を帯びた無数の名前が紙面に浮かぶ。

「君の魂の重さは……興味深い。だが、代償を払う覚悟はあるか? 君の冷酷さを俺に預けるなら、さらに強大な力を与えよう。――契約を結ぶか?」

レイモンドは椅子を蹴るように立ち上がった。
その体の圧が、テラスの空気を歪ませる。

「契約だと? 笑わせんな。私の力は私のもんだ。
アンタの筆も巻物も、私の拳でぶち壊してやる」

声には、凍りつくような怒気と、血の匂いを孕んだ意志があった。

デウスは静かに天秤を卓上に置く。魂秤がわずかに揺れ、レイモンドの存在を量るように傾く。

「壊す? 面白いね。だが、終わりは避けられない。君の拳が俺を壊す前に、君という物語の価値を測ってみよう」

終焉の羽根をひと振りすると、時間が止まったように空気が静まる。

「さあ、レイモンド。挑むなら、代償を払う覚悟をしろ。君の冷酷さか、命か――どちらを差し出す?」

レイモンドの拳が震え、木の板が軋みを上げる。
「アンタにくれてやるのは、この拳だけだ」

「ならば、その拳で“終焉”を止めてみな。物語は、終わるからこそ美しい」

デウスの声は冷たく、けれどどこか哀しみを帯びていた。

(……即行で終わらせる。俺の仕事はただ、目の前にいる……「模倣人間」を消し世界を守ることだけッ!!!!)

夏の陽光の下、海の家「白蝶貝」のテラスは凍てつく戦場と化す。
レイモンドの冷酷な拳と、デウスの終焉の筆。
波音すらのみ込むほどの緊張が満ち、――力と終焉の対決が、静かに幕を開けた。