雪がしんしんと降り積もる冬の深夜。
大嶺酒場の扉が、重い音を立てて開いた。冷たい風とともに現れたのは、屈強な白人の男――レイモンド=クワントリル。白い髪に白い瞳、その姿はまるで雪の化身のようだった。銀警察署の総教官にして副署長。冷酷無残の異名を持つその男が、この静かな夜、なぜここに足を運んだのか。

店内はオレンジ色の照明に包まれ、古いレコードがかすかなノイズとともに低いジャズを奏でている。
カウンターの奥でグラスを磨くのは、店主の大嶺陸莉。彼女はタバコをくゆらせ、レイモンドをちらりと見上げた。豪胆で裏表のないその眼差しには、どんな客の心も見抜くような鋭さが潜んでいる。

「へぇ、珍しい客だね。銀警の鬼教官が、こんな時間に酒場とは」

からかうような声。レイモンドは無言でカウンターに腰を下ろし、氷のような瞳で彼女を見据えた。

「ウイスキー。ストレート。余計な話は不要」

張りつめた声が低く響く。
陸莉はニヤリと笑い、棚からボトルを取り出す。手つきに一切の無駄がなく、動作がまるで儀式のようだ。琥珀色の液体がグラスに注がれると、照明を受けて金色の光を放った。

「はいよ、鬼教官。こんな夜に来るなんざ、よっぽど何か抱えてるんじゃないの?」
彼女は煙をくゆらせながら、軽い調子で言う。だが、その声音の奥には、客の心を見透かす静かな意図があった。

レイモンドは黙ってグラスを手に取り、一口飲む。喉を焼く熱さに、少しだけ表情がほどける。
「黙ってな。僕は酒を飲みに来ただけだ」
その言葉に陸莉は肩をすくめ、笑みを浮かべた。

「ふん。いいさ。この店は誰でも受け入れる。冷酷無残な副署長だろうが、ただの酔っ払いだろうがね」

彼女は古びたレコードプレーヤーに歩み寄り、針を落とす。古き歌姫のハスキーな歌声が流れ出す。その音が、店内の静寂と不思議に調和していた。

レイモンドはグラスを傾け、壁際を見渡す。古いポスター、旅先で集めた品々――すべてが陸莉の放浪の日々を物語っていた。
客はまばらで、隅の席では老人が独り言を呟き、別の席では若者がグラスを握りしめている。目の前の時間が止まったような空気の中で、レイモンドの視線だけが遠くをさまよっていた。

「なあ、鬼教官」
陸莉が再び口を開く。新しいタバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐く。
「こんな夜に来るってのはさ、何か吐き出したいもんがあるんだろ? 話したきゃ、話してみな」

レイモンドの白い瞳が、静かに彼女を射抜いた。冷たい光の奥に、ほんの刹那、揺らめくものが見える。
グラスを空けた後、低くつぶやくように言った。

「女も呪詛(ホモゲイ)も恋愛も、僕には関係ない。ただ……」

言葉が途切れる。雪が窓の外で舞い落ちる。
「この雪を見ると、昔のことを少し思い出す。それだけだ」

陸莉は黙ってグラスを満たし、淡く笑った。
「雪ってのは、そういうもんさ。忘れたつもりの過去を、引っ張り出す。ま、いいじゃん。今日は飲んで、忘れな」

レイモンドは小さく鼻で笑い、再びグラスを口に運んだ。
外では雪が降り続き、店内では歌声が静かに響く。
その夜、銀警察の鬼教官は、ほんの一瞬だけ――一人の男として、雪と音楽に溶けていた。