夜空は灰に沈み、軍営の灯が風に揺れた。中央の天幕では、三人の影が地図に覆い被さるように立つ。

ガーレブが拳で卓を叩く。
「正面から叩き潰す。力こそ正義だ。まわりくどい策など要らん!」

ゴールハボルの白眼が熱を帯びる。
「炎のごとく燃え盛れ。命は捧げるものだ! 我らは聖戦にある!」

バチカルは無言で手甲を締め、短く吐く。
「余計な言葉はいらない。拳で決める」

外は敵軍の角笛。長期戦を好む包囲陣。地図上の赤い印はじわじわと迫り、兵の士気を削るには十分だった。

「包囲を破るには突撃しかない!」
ガーレブは笑った。粗野に、しかし仲間を信じる強さがある。

「突撃は美しい炎だ。だが信仰を示すには犠牲が要る。先陣は僕が率いる」
ゴールハボルは胸に手を当て、祈りの言葉を噛みしめる。

バチカルは二人の間に一歩進み出た。
「勝つか負けるか。その二択だ。突撃で勝てるならやる。勝てないならやらない。力こそ真理」

ガーレブが鼻を鳴らす。
「ならどうする、拳の男」

「敵の包囲は三重。内輪の指揮系統は単純だ。要は“首”を断て。僕が行く。道を開け」

ゴールハボルが目を見開く。
「単身で神域に踏み込むつもりか? お前は信仰を持たぬ。守護なき炎は灰と化す」

「信仰は要らない。恐怖も疑念も、握り拳の前では無力だ」

ガーレブはしばし黙し、やがて豪快に笑った。
「いいだろう。僕が正面で暴れて壁をこじ開ける。お前は芯を折れ。ゴールハボル、兵を鼓舞しろ。死ぬ気の炎に敵は怯む」

「炎のごとく燃え盛れ。命は捧げるもの!」
ゴールハボルの声が夜営を震わせ、兵は熱にあてられたように武器を握り直した。

夜明け。雪のような灰が舞い、白の軍団が疾駆する。ガーレブは先頭で咆哮し、敵陣を叩き割るように突入した。彼の存在そのものが突破口だ。力の奔流に敵は押し流される。

ゴールハボルは聖戦旗を掲げ、火炎の賛歌で兵を熱に包む。「炎のごとく燃え盛れ!」彼の足跡には、恐怖を忘れた者たちの叫びが連なる。だがその燃え上がりは、時に自らをも焼く。彼の白眼は慈愛と残酷の狭間で揺れ、神の名に身を投げる覚悟を固めていた。

そして、バチカルは音もなく敵中へ溶けた。矢が飛ぶ。彼は首をひねり、肩を落とし、矢筋を空に返す。槍が迫る。肘で刃を逸らし、指先二本で柄を砕く。剣が閃く。半歩の間合いで刃を殺し、膝で柄頭を打ち、喉へ静かに一撃。百人規模の輪が、拳の軌跡だけで崩れていく。

「力こそすべて。拳で決める!」

敵中枢の天幕が見える。バチカルは迷わない。迷う理屈を彼は持たない。護衛の銃口が火を吐く瞬間、彼は一歩だけ沈み、弾丸の線を跨いだ。拳が二度、石を割る音がして、銃は沈黙する。

天幕に踏み入ると、敵将が剣を抜いた。
「交渉の余地は――」

「言葉は拳の前では無力」

拳が鳩尾に沈み、敵将の膝が落ちる。続く裏拳で顎が跳ね、天幕の柱が音を立てて折れた。包囲の指示が途絶え、敵陣はざわめきから悲鳴へと変わる。

陣は崩れた。ガーレブは血に濡れた肩を押さえながら吠える。
「見たか! 強者こそ正義だ!」
彼は兵を抱き上げ、倒れた敵を蹴らず、ただ前を見た。その豪快さは無鉄砲に見えつつ、退路の確保や損害の分配にだけは目を光らせる慎重さも覗く。

ゴールハボルは震える手で旗を握り直し、祈りを終える。
「捧げられた命は炎となって天に昇る。神は見ておられる……僕も、燃え尽きるまで」
彼の声は熱を帯びていたが、ひどく孤独だった。仲間を抱きしめるその腕は、守りたいという依存と、失う恐怖の両方に揺れている。

バチカルは無言で拳を開閉し、敵将の意識が戻らないのを確かめると短く頷いた。
「勝った。以上だ」

「以上、だと?」
ゴールハボルが食ってかかる。
「勝利は神の証左だ。意味がある。炎の――」

「意味は結果の上塗りだ。勝つか負けるか。それだけだ」

ガーレブが二人の間に割って入る。
「いい。勝ったのは事実だ。次だ。だが覚えとけ、拳。力は示し続けてこそ正義になる。示せぬ強さは弱さと同じだ」

バチカルは白い瞳でガーレブを見返す。
「示すのは簡単だ。壊せばいい」

その言葉に、ゴールハボルの白眼が熱を増す。
「壊す先に何が残る? 神の御心なき破壊は虚無だ」

「虚無でも勝ちは勝ちだ」

三人の正義は交わらない。だが、その不協和は戦場では不可思議な調和を生んだ。力が扉を破り、炎が人を動かし、拳が芯を折る。勝利は、その三位一体の産物だった。

夜。焚き火の火花が暗闇に飛ぶ。ゴールハボルは火に手をかざし、囁いた。
「炎のごとく燃え盛れ……僕自身も、か」

ガーレブは酒皮袋を差し出す。
「燃えすぎるな。お前が燃え尽きたら、誰が兵を抱きしめる」

バチカルは遠巻きに腕を組む。
「燃える燃えないも、勝つ負けるに含まれない」

ガーレブが笑い、火に映る白髪をかき上げた。
「だからお前は面白い。お前の拳、いつか僕が正面から叩き折ってやる」

「拳で決める。いつでも」

ゴールハボルが二人を見て微笑む。その笑みに、祈りと憧れと安堵が同居していた。
「その日、僕は炎を掲げる。貴方たちが道を違えぬように」

火はぱちりと爆ぜ、夜はなお深く、白の軍団は次の戦へと整う。強さは正義か、信仰は救いか、拳は真理か。答えはいつだって、次の一撃が決める。