エーイーリーまとめ

深夜の大嶺酒場は、薄暗い照明とたゆたう煙、そして陸莉が選んだジャズが低く響く空間だった。
地下へと続く階段を降りると、地上の喧騒から切り離された静謐で、どこか退廃の香る世界が広がっている。
カウンターの奥では、大嶺陸莉が煙草をくゆらせながらグラスを磨き、客の話に淡く相槌を打っていた。その鋭い眼差しと豪胆な笑い声が、この酒場の空気そのものを支配している。

その夜、重い扉が軋む音を立てて開き、エーイーリーがのっそりと姿を現した。
白髪を束ねたポニーテールがゆれ、よれた銀警官の制服の袖には、かすかな汚れが残っている。白い瞳は穏やかで、口元にはいつものゆるやかな笑み。
彼はカウンターにどっかりと腰を下ろし、まるで子犬のような無垢な目で陸莉を見つめた。

「よぉ、陸莉。なんか、腹減ったな。酒と……なんか食いもん、くれる?」

エーイーリーの声はのんびりしていて、どこか間の抜けた響きがあった。
常連客たちは一瞬ざわりとしたが、すぐにいつもの談笑へと戻る。この男の存在は、すでにこの店の“日常”の一部だった。

陸莉は煙草を灰皿に押し付け、唇の端を上げた。
「お前さん、いつも腹減ってんな。銀警官の給料じゃ足りねえのか?」
そう言いながら棚から琥珀色のウィスキーを取り出し、ひとつの氷を転がしたグラスに注ぐ。ついでに厨房から焼き立てのハーブソーセージと黒パンを皿に盛り、彼の前へと滑らせた。

エーイーリーはソーセージにかぶりつき、目を細めてうっとりと頷く。
「うまい。陸莉の飯は、なんか……こう、腹にずしんとくるな」
その声音には、偽りのない温かさがあった。
陸莉は手を止め、じろりと彼の顔をのぞき込む。

「お前、今日も街でなんかやらかしたろ? 昼間、屋台が三軒ぶっ壊れたって話、聞いてるぜ」

咎めるような口調ではなかったが、その目の奥には、彼の無自覚な破壊性を見据える冷ややかな光が宿っていた。
エーイーリーはウィスキーを一口飲み、首をかしげる。

「ん? ああ、あれ?。腹の虫がうるさくてさ。屋台の匂いにつられて……ちょっと押したら倒れちまっただけ。悪気はない」
屈託のない笑顔のまま、彼は言う。まるで街の一角を壊したことなど、靴の泥を払うくらいのことのように。

陸莉はため息をつき、新しい煙草に火を灯した。
「ったく、お前みたいなのが街にいると、いずれこの店までぶっ壊されちまうんじゃねえかと心配になるぜ」
そう言いつつも、その声には微かな愉快さが混ざっている。
エーイーリーの無垢さは、陸莉の酒場哲学――どんな人間も拒まない――という信条に、不思議とよく馴染んでいた。

「ま、いいさ。今夜は飲んで食って、ゆっくりしてけ。壊すのは明日からでいいだろ?」

陸莉がグラスを掲げ、エーイーリーも同じようにそれを掲げる。
カチン、と軽い音が響き、瞬間、店内のジャズが少しだけ音量を増した。

ウィスキーを飲み干したエーイーリーは、ソーセージを頬張りながら呟く。
「陸莉の酒場、好きだな。ここ……なんか、落ち着く」

陸莉はゆっくりと煙を吐き出し、カウンター越しにその白い瞳を見つめた。
「そりゃありがとよ。でもな、落ち着きすぎて寝ちまうなよ。銀警官がここで居眠りしたなんて噂が立っちゃ、店の格が下がる」

その言葉に常連たちがくすくすと笑い、エーイーリーもまたのんびりと笑みを返す。
グラスの氷が静かに音を立て、夜の空気がほんのりと温度を帯びた。

大嶺酒場はこの夜もまた、静かに、しかし確かな熱を秘めながら時を刻んでいった。