風兎(ふうと)君。大きくなったら、僕たち結婚しようね」
「え? でも男同士で結婚ってできるの?」
「うーん、わかんない。でも、ぼく風兎君のことが大好きだから、きっと結婚できるよ」
「そっか。じゃあ僕、大きくなったら(ろう)君と結婚する!」
「本当に? 嬉しいなぁ。約束だよ!」
「うん、約束だよ!」


 まだ現実なんて全く知らない幼稚園児だった頃。俺、杉本風兎(すぎもとふうと)は幼馴染だった狼君と結婚の約束をした。
 当時、結婚の意味なんて全然わからなかったけれど、小鳥小屋の陰で隠れてこっそり指切りをした甘酸っぱい思い出。子どもなりに、お互いのことが大好きだった。
 そんな約束、すぐに忘れちゃうだろう……。なんて思いもしないくらい、幼かった俺たち。絡み合った小指同士が離れることがないと、疑うこともなかった。
 でも、狼君はその約束をずっと覚えていてくれた。


 月日は流れて、俺は高校三年生になった。
 あれからも、ずっと俺たちは一緒にいて、狼君は俺と同じ高校に進学が決まった。


 狼君の入学式当日――。
 頬を赤らめ、照れくさそうに前髪を搔き上げる狼君に「俺ももうすぐ大人になるから、付き合って」と告白された。
 あまりにも突然の告白に、俺は言葉を失ってしまう。
 からかってるの? と笑って流そうとしたけれど、その表情が痛いくらいに真剣で。きっと、かなり緊張しているのだろう。声だって僅かに震えている。
 いつもと違う狼君の様子に、俺は何も言えずに彼を見つめた。


「俺は、ずっと風兎君が好きだった」
その時の狼君は、整った顔を苦痛に歪めて、少しだけ泣き出しそうな顔をしていた。あの幼かった頃の約束は、彼の中でずっと輝き続けていたことを、その時知る。
「ねぇ、幼稚園の頃の約束覚えてるだろう?」
「お、覚えてるよ……」
「じゃあ、付き合ってくれるよね」


 甘えた声を出しながら体を寄せてくる狼君に、俺の鼓動がどんどん速くなっていく。狼君は俺より二つ下の高校一年生だ。それなのに、こんなにも大人びていて、男の色気さえ感じてしまう。


「あ、あの……」
 そんな狼君を前に、俺は茹蛸のように顔を真っ赤にさせながら狼狽えることしかできない。唇を噛み締めて俯いた。


「風兎君は俺のこと好きじゃない?」
「そ、そんなことない! 俺だってずっと……」
「ずっと? なに?」
 咄嗟に顔を上げた俺を、不安そうな顔で狼君が見つめている。
「俺だって、ずっと狼君のことが……好き、だった……」
「本当に?」
「……本当だよ……」
 俺の声は、情けないことに蚊の鳴くような弱々しい声しか出せなかった。


「よかった。俺、超嬉しい」
「狼君……」
「大事にするからね」
「……うん……」


 狼君が俺の目の前で幸せそうに微笑む。
 春の温かな風が、一斉に桜の花びらを空高くへと運んでいった。
 その日、俺たちは幼い頃の約束通り、結婚への第一歩を踏み出すことになる。
 俺には、優しくてイケメンな彼氏ができたのだった。