また今日も、貴方に夢を見る

 どうやってたどり着いたのか記憶にないほどふわふわしたまま、僕は律の家で家主の帰りを待っていた。さすが売れっ子、収録を終えた後も取材があるらしく、俺も帰ると駄々をこねる律は楠木さんに問答無用で引っ張っていかれた。

 ボーッとしながら窓の外を眺めて一時間、ガチャと鍵を開ける音がしてパタパタと玄関に向かえば靴を脱いだ律にぎゅっと抱きしめられる。

「優勝おめでとう」
「ありがとう」

 いつもより低い、静かな声が耳に響く。優勝したら言うってずっと考えていた、僕の未来。じんわりと実感が湧いてきて、やっと律に伝えられると思ったら心臓が一段とうるさくなる。ソファに腰掛けたタイミングで「あのね」と切り出した。

「僕、事務所に入ろうと思う」
「うん」

 様々な業界・業種の説明会に行ったけれど、どれもピンとくるものがなかった。そんな時、律のコンサートを初めて生で見てビビっときた。自分を卑下してばかりの僕が歌うことは自信を持って好きだと言える。歌を仕事にできたら……。そんな未来を描いてしまった。もしもファイナルで優勝できなければ、律の住む世界は諦めようと思っていた。だけど、夢を憧れで終わらせたくはないから。僕の決意表明、他でもない律に聞いてほしい。

「いつか僕がデビューして、律が許してくれる時が来たら……、一緒に歌ってくれないかな」
「……やだ」
「っ、」

 煌びやかなステージじゃなくていい。お客さんだっていらない。貴方と一緒に歌えれば、それだけでいい。だって、それが僕の夢だから。震える声で伝えたのに、律から返ってきたのは明るい声色なのに残酷な拒否の言葉。

 やっぱり僕なんか、律の隣に立つのは不釣り合いだ。律だってそう思ってる。身の程知らずな自分が恥ずかしい。絶望という名の鉛玉をいくつも飲み込んだみたいに、ずんと胃の中に冷たくて重たいものが溜まっていく。けれど、表情を曇らせる僕の手を取った律は、小さく笑みを零す。

「これ以上待てないよ」
「え?」
「それに俺は一度きりなんて嫌だ。ずっと一緒に歌っていたい」
「何を言って……?」

 その真意が理解できなくて首を傾げる。どこかの事務所に入って、いつか共演できればいいなと思っていただけなのに。

「ふふ、ちゃんと見てないんだね」
「?」
「楠木さんの名刺、貰ってるでしょ」
「え、」

 慌てて財布から入れっぱなしにしていた名刺を取り出せば、確かに律の所属する事務所の名前が書かれた楠木さんの名刺が一番後ろにあった。貰ったときはそこまで気にする余裕がなかったから、全く気がつかなかった。口をぽかんと開けて固まる僕の前に跪いた律は、左手を取って薬指に口付ける。

「俺とデビューしてくれる?」
「……うそ」

 それは、僕らだけのプロポーズ。夢にも思っていなかった言葉に声が震える。

「嘘じゃない。楠木さんにもずっと前から言ってあるし、俺たちはもうそのつもりで動いてる」
「でも、だって、……僕なんか、」
「紡はどうしたい?」
「……僕が隣にいてもいいの?」
「紡の夢は俺の夢でもあるんだよ。これからもずっと、隣にいてよ」
「っ、うん」

 ぐしゃりと顔を歪めればすぐに抱き締められる。そして甘い口付けを交わせば、余計に涙が溢れてくる。そんな僕を愛しげに見つめるのは、最愛の神さま。僕の愛を受け止めて、夢を叶えてくれる唯一無二の存在。

 まだ、僕の夢は叶ったわけじゃない。これから進むのが茨の道だと分かっていても、もう引き返さない。でも何があっても大丈夫って、信じられる。隣にいるのが律だから、僕らはきっといつまでも夢を見ていられる。