また今日も、貴方に夢を見る

 いつも律と一緒だったから、たったひとりで高級マンションに足を踏み入れるのは緊張する。警察に通報されないか、と警戒して必要以上にキョロキョロしてしまった。不審な行動が監視カメラに映っていて、後から不審者がいたと問題になったらどうしよう。そんなことを考えながらエレベーターに乗って、高層階に向かうとき特有の不快な耳閉感と戦っていた。

 ふうと息を吐いて、鍵穴にさっき渡されたばかりの鍵を差し込む。もちろんぴったりはまるそれを回せば、かちゃりと鍵が開いた。許しを得ているはずなのに、どこか落ち着かない。

「お邪魔します……」

 か細い声でそう言って中に入れば、いつもと変わらない、しんとした淋しい空間が待っていた。五万人に囲まれて、たくさんの歓声を浴びた後にこの部屋に帰ってくる律の心境を思えば、切なくなる。来てよかった。彼を孤独にしたくない。僕じゃ役不足だけど、そう思う。

 リビングの大きな窓から外を眺める。東京の街を一望できるこの場所がいつしかお気に入りになっていた。窓際は冷気を感じるけれど、それが冷静にさせてくれた。星が散りばめられた夜空から、ほわほわと天使が踊るように白い雪が舞い降りてくる。通りで寒いわけだ。積もることはなさそうだけど、クリスマスだと思えば風情があった。

 律にどんな顔をして会えばいいのだろう。うまく顔を見れる自信がない。膝を抱えて座り込んだ僕は、切なく震える心にどうにかなってしまいそうだった。好きで好きでたまらなくて、本当は片時だって離れたくない。

 始まったばかりの関係なのに、いつか終わりが来ると思うと怖くなる。いろいろ考えすぎてしまって落ち着かない。ぐるぐる部屋を歩き回って、廊下まで出たところで玄関のドアががちゃりと開いた。

「紡」

 マフラーに顔を埋めながら入ってきた部屋の主は、僕の姿を確認すると瞳を甘く蕩けさせた。スーパーアイドルの周りに煌めく粒子がまとわりついているみたいで、自ら発光している。平凡な僕にはあまりにも眩しい。

「おかえりなさい」
「ただいま」

 なんだか新婚夫婦みたいだ、無意識にそんなことを考えてしまって赤面する。恥ずかしくて、律の顔が見れない。手早く靴を脱いだ律は、そんな僕をぎゅうっと抱きしめた。

「はぁ、寒かった」
「……」
「紡も冷えてるね、お湯沸かすから先にお風呂入っておいで」

 家主より先にお風呂に入れないと断ったものの、自分はシャワーを浴びてきたからと笑顔で押し切られて、僕はしかたなく湯船に体を沈めた。狡い男だ。僕ばかり甘やかされて、たくさんのものを貰っている。モヤモヤと考え込んでいるとつい長湯になって、律が待っているんだったと慌てて浴室を出た。

 そうして、また今日も二人並んでベッドに横になる。疲れ切っているだろうに、律はずっとニコニコして僕を見つめている。律みたいに国宝ような顔面を持っていたら別だけど、僕なんて見ていても何にも面白くないっていうのに。居心地が悪くなって布団の中に少し潜ろうとするけれど、ぎゅっと抱きしめられているから逃れることはできない。

「あ、そうだ、忘れないうちに返さないと」
「ん?」
「鍵、借りっぱなしだから」

 なんとか気を逸らそうと、鞄から持ってくるために体を離そうとすれば、必要ないと回した腕に力を込められる。

「律?」
「あげるって言ったでしょ」
「え?」
「持っててよ、いつでも来ていいから」

 想像していなかったプレゼントに瞳が潤む。律の特別を許されたことを実感する度に信じられなくて、でもそれはいつだって現実で、感動と喜びのあまりこみ上げてくるものを抑えられない。

「毎日来てくれますように……」
「本人を前にして神頼みしないで。毎日は無理だよ」
「意地悪、ちゃんと使ってよ」
「うん、使う」

 なかなか勇気は出ないかもしれないけれど、ちゃんと一緒のペースで歩いていきたいから。会いたい気持ちを我慢しないで、ほんの少しだけ我儘になってみようと思う。

「あーあ、紡もここに住めばいいのに」
「それは無理」

 即答すれば、隣からじとと抗議の視線が送られてくる。

「……でも、考えてはみるよ」

 どうせ大学を卒業すれば、今の家は出ていくことになる。その時どうするかは未来の僕が決めるけれど、ひとつの選択肢として心の片隅に置いておこうと思う。そう言うと、律は未来の約束が嬉しくてたまらないといった表情で瞳を甘く蕩けさせた。冬の寒さなんて気にならないぐらい、満たされた夜だった。