正直俺は人の区別がつかない。
名前も顔も全く覚えられない。

「失礼します、数学の女の先生いますか」

「名前は?」

「杉原です。3年2組の」

「中に入りなさい、2列目の手前にいる、今ちょっと他の生徒の対応してるから待ったほうがいいかもしれん」

「課題提出するだけなんで」
────────

「先生課題」

「あ、やっと来たわね。杉原くん。⋯ごめん西村(にしむら)くん少し待っててくれる?」

他の生徒を待たせるのもなんだか悪い気がする。
さっさと去ろう。

「あ⋯先輩ですよね。杉原先輩」

だれだ、見たこともない。

「え、?」

「いつも米原(よねはら)先生がいつも困った3年生がいるって」

「先生後輩にまで愚痴こぼしてたんですか、いい加減にしてくださいよ。
今日も担任が大きな声で授業中に課題の話してきて笑われてたんですけど」

「ごめんごめん、杉原くん、こちら1年生の西村昇(にしむらのぼる)くん、で、この前言ってた杉原裕太くんね。ほんとごめんなんだけど、先生これから打ち合わせでさ、課題は受け取ったから」

なんかわけわからんうちに、知らない後輩と廊下に追い出されて、余計にもやもやする。

「で、だれで、俺の何を聞いたって?」

「西村昇、杉原先輩のことが興味深いファンみたいな?」

「⋯は?」

何いってんだこいつ。

「やっと会えたね先輩」

「っうわっ!?なッ急に」

後輩は勢いよく抱きついてきて、上目遣いでじーっと見つめながら口を開いた。

「裕太先輩、って名前で呼んでいいよね?だから、昇って呼び捨てにして、僕のこと」

「ごめ、面倒なことは嫌いなんだ」

「裕太先輩のこと先生に聞いたときから興味持って、ずっと会いたかったんだ」

一体何話したんだよ、数学の先生、余計なことして。

「裕太先輩、腕貸して」

「⋯腕?なんで⋯って、なにして、」

俺の制服の袖をまくると、後輩は油性ペンの蓋を開けた。

「の、ぼ、る。これでよし」

「は?」

「そんな怒らないでよ、先輩が忘れっぽいのが悪いんだから」

「なんで初対面なのにそんなこと分かんだよ」

「米原先生が言ってたから、名前も3年目の担当なのに覚えてくれないって」

「だからって、油性ペンで書くことないだろ」

「消えかけて来たらまた書くから、いいから、昇って呼び捨てで良いから呼んでみて」

「⋯嫌だね」

「やっぱり、先輩覚えられないから嫌なんでしょ」

「……そんなことあるわけないだろ、名前くらい」

そう俺が言うと、後輩は腕に書いた名前を手で隠して一言言い放った。

「今、名前呼べたら、先輩のこと勘弁してあげる」

「…………」

もちろん、名前が呼べなかった。

それほど興味がないから、覚える気がないのかもしれない。

「ふふん、一緒に帰りましょうね〜!裕太先輩っ!」

「……あ…、やっべ、思い出した!バイト!」

「…バイト?なんのバイトしてるんです?」

「…スーパーの品出し」

「僕もそこで働こうかな」

後輩は、初対面でこんなに擦り寄ってくるけど、俺に魅力なんてない。
俺の何に惹かれて、寄ってきたのかも正直わからない。

……何がいいんだ?

教えてくれよ。

「じゃ、先行くから」

「え、あ、ちょっちょっと!裕太先輩!?」

後輩の腕を振り払ってうまくまいた。

勘弁してくれよ、課題に時間取られてるってのに。