観覧車がゆっくりと降り始める頃、涼音は静かに息をついた。
「終わるのか……悪くないな、こういう時間も」
普段の鋭い観察眼は少し柔らかくなり、カイツールの顔を横目で見る。

カイツールは落ち着いた声で答えた。
「終わりがあるからこそ、始まりも価値を持つ」

涼音は短く鼻を鳴らし、遊園地のざわめきと夜風を胸に吸い込む。
「僕はずっと孤立していた。データの中に籠って“ノイズ”から逃げていた。でも今日、君と観覧車の上で、少しだけ、それが変わった気がする」

「君は臆病なだけだ。だが臆病も大切だと思うよ」
カイツールの言葉は静かだが、確かな重みがあった。
「守るものが増えれば、臆病にも理由ができる」

涼音は少し戸惑いながらも、目を伏せたまま言う。
「守るもの、か……君は何を守っているんだ？」

「人々だ。家族だ。君も、その一部かもしれない」
カイツールは短く笑い、彼の肩に手を置く。
「君が“孤立サーバ”だとしても、僕はそばにいる。それがどういう意味か、君が決めればいい」

観覧車が停車し、ドアが開く。涼音は立ち上がり、振り返ってカイツールを見つめた。
「ありがとう、カイツール。君は僕にとってのノイズじゃなくて、“コード”なんだね」

カイツールもうなずく。
「君のコードはまだ未完成だ。だがそれが生きている証拠だ」

二人は手を取り合い、遊園地の夜の中へと歩き始めた。灯りの中で、異なる世界に生きる二人が、初めて似た頻度で共振し始めた瞬間だった。