川面に街の灯が揺れていた。風は冷たく、遠くに車の尾灯が流れていく。
カイツールは仕掛け杖を手に、静かに歩を進める。隣では汐見澄海が空を仰ぎ、淡く笑んだ。
「今日の空、濁ってるのに、どこか透けて見えるね」
「濁りもまた、透明の一かたちだ」
その返答は、まるで数式のように整い、しかし音楽のように柔らかだった。
二人は橋の中央にあるベンチへ腰を下ろす。川面から上がる湿気が白衣の裾を揺らす。
汐見が缶コーヒーを取り出し、手渡した。
「奢り。こういう夜には、苦いやつがちょうどいいと思って」
カイツールは受け取り、ふっと口角を上げた。
「それは、分析の結果か、それとも感覚か」
「両方。たぶん、僕の中ではそれが同じなんだ」
沈黙がひとつ、夜に溶ける。
遠くでバイクが通り過ぎ、鉄橋の下でこだまする。
その音が消えるのを待つようにして、カイツールが口を開いた。
「君の“沸き滞る”という言葉には、懐かしさがある。動きながら、留まっている。まるで心の構造だ」
汐見はうなずき、缶の口を見つめる。
「動けない感情も、ちゃんと生きてる。止まってるようで、内側では泡立ってる。人間ってそういう矛盾に救われてるのかも」
やがて二人は歩き出す。
高速道路の下、薄暗い公園のベンチに腰を下ろし、カイツールが仕掛け杖の先を地面に軽く突く。
中央に淡い光の紋が浮かび上がった。蜘蛛の巣と蛇。
「これは、僕の紋章だ。織られた道を、ほどかずに守るためのもの」
「それって、優しさのかたちだね。守るために、絡めとるんだ。」
「時に、誤解される。だが、毒を制御しなければ、誰も救えないこともある」
汐見は頷き、掌を光にかざした。
「音もそうだよ。沈黙を制御しないと、聴く人の心は壊れてしまう」
二人の思索は、まるで夜風と対話するように続いていく。
コンビニの灯が遠くにかすんで、街がゆっくりと眠りに落ちる。
何かが変わりそうで、何も変わらない夜。
それでも、二人の歩みだけは確かに未来へと続いていた。
カイツールは仕掛け杖を手に、静かに歩を進める。隣では汐見澄海が空を仰ぎ、淡く笑んだ。
「今日の空、濁ってるのに、どこか透けて見えるね」
「濁りもまた、透明の一かたちだ」
その返答は、まるで数式のように整い、しかし音楽のように柔らかだった。
二人は橋の中央にあるベンチへ腰を下ろす。川面から上がる湿気が白衣の裾を揺らす。
汐見が缶コーヒーを取り出し、手渡した。
「奢り。こういう夜には、苦いやつがちょうどいいと思って」
カイツールは受け取り、ふっと口角を上げた。
「それは、分析の結果か、それとも感覚か」
「両方。たぶん、僕の中ではそれが同じなんだ」
沈黙がひとつ、夜に溶ける。
遠くでバイクが通り過ぎ、鉄橋の下でこだまする。
その音が消えるのを待つようにして、カイツールが口を開いた。
「君の“沸き滞る”という言葉には、懐かしさがある。動きながら、留まっている。まるで心の構造だ」
汐見はうなずき、缶の口を見つめる。
「動けない感情も、ちゃんと生きてる。止まってるようで、内側では泡立ってる。人間ってそういう矛盾に救われてるのかも」
やがて二人は歩き出す。
高速道路の下、薄暗い公園のベンチに腰を下ろし、カイツールが仕掛け杖の先を地面に軽く突く。
中央に淡い光の紋が浮かび上がった。蜘蛛の巣と蛇。
「これは、僕の紋章だ。織られた道を、ほどかずに守るためのもの」
「それって、優しさのかたちだね。守るために、絡めとるんだ。」
「時に、誤解される。だが、毒を制御しなければ、誰も救えないこともある」
汐見は頷き、掌を光にかざした。
「音もそうだよ。沈黙を制御しないと、聴く人の心は壊れてしまう」
二人の思索は、まるで夜風と対話するように続いていく。
コンビニの灯が遠くにかすんで、街がゆっくりと眠りに落ちる。
何かが変わりそうで、何も変わらない夜。
それでも、二人の歩みだけは確かに未来へと続いていた。



