灰色の午後、風は城下の路地をなぞるように吹き抜けていた。
ピサンザプラは黙って歩いていた。彼の隣に立つのは、銀警官団内偵統括官、カイツール。白い瞳が、歩道の割れ目、遠くの塔、往来する人々の影を、計算式のように次々と解析していく。

「君は静かだな」と、彼は呟く。その声は穏やかに聞こえるが、奥底に何かを試すような響きがある。
ピサンザプラは答えない。歩調すら乱さず、目線も動かさず、ただ同じ距離を保って歩く。

カイツールの仕掛け杖が石畳を軽く叩く音だけが、対話の代わりとなる。
「沈黙は、最も高価な情報だ。──誰にも利用されないからな」
そう言って笑ったカイツールの横顔に、少年は視線だけを寄せた。だが、その瞳には判断の光があった。静謐と無垢の皮の下で、彼は相手のすべてを測っている。呼吸の間隔、靴底の角度、杖の重心の変化──そのどれもを。

街のざわめきが途切れる。
カイツールは足を止め、店先の鏡に映る己の姿をしばし見つめた。
「君は“情報”を知らない。だが、君自身が情報を破壊する」
意味を計ろうともしないピサンザプラの沈黙に、カイツールは気付かぬふりをした。彼の声色は、愉悦と警戒の混じったものとなる。

「面白いよ。計算を壊す者はいつも無欲の目をしている。君のように」

風が通り過ぎた瞬間、カイツールの手元で杖が静かに回転した。内部機構がわずかに鳴る。毒針、鎖、刃──微かな振動が、仕掛けの存在を告げる。
だが少年は一歩も退かない。ただ、穏やかな眼差しでそれを見ていた。その目に映るのは恐怖ではなく、「観察者」の純粋な関心。

数歩の沈黙の後、カイツールが歩き出す。
「君の目、実に無邪気だ。まるで神に何の疑念も持たぬ子供だ」
ピサンザプラはやはり何も言わない。だがその無言は、沈黙ではなく拒絶──観測者が語ることを放棄した、深い無関心の印だった。

路地の果てに沈む夕陽が、二人の影を長く伸ばした。人の群れの間を抜け、蜘蛛の巣の影が壁に揺れる。カイツールは最後に小さく息を吐き、独り言のように言った。

「君は、やがて毒の網の外を歩くのだろうな」

返事はなかった。ただ少年の影が、ゆっくりと夕闇に溶けていった。