朝、窓を打つ光が淡い灰銀に揺れていた。
カイツールは早朝の報告回線を終え、机に残した記録帳を閉じた。夜のうちに何度か読み返したが、どの文面も自分らしくなかった。筆圧が弱く、論理が曖昧だ。
「……無意味な検証だったな」
そう呟きながらも、心のどこかで“続き”を待っている自分に気づいていた。
その瞬間、扉のノック。
「おはようございます、カイツール!」
声の主は、音の高さでわかる。彼は無意識に姿勢を正す。
扉を開けると、アクティナ・ライトが立っていた。
髪は寝癖で跳ね、片手には作りかけの紙の花束。
「朝ですよ。“おとうさん”、起きて!」
その言葉が、室内の空気を変える。
たった一音で、夜の分析は脆く崩れた。
彼の脳裏に、冷たい論理では説明できない余韻が戻ってくる。
自分で定義した“感情の誤作動”が、また発動したのだ。
「君……まだその呼称を使うか」
静かな声音で言ったつもりだったが、舌がかすかに震えている。
「うん!」
アクティナはにっこり笑う。
「だって、昨日のおままごとのつづきだもん」
彼女は机の上に紙の花束を置いた。無造作に、しかし一輪ずつ丁寧に折られている。
「これね、家族みんなのぶん。“おとうさん”のは、真ん中」
カイツールは無言のまま、それを見つめた。
色紙の継ぎ目がわずかに揺れる。手の中に取るその瞬間、自分の指がどれほど硬いかを思い知る。
——笑うべきだ。ここで笑えば、彼女は満足する。そうすれば、観察としては完結する。
理性が即座に分析を始める。
しかし、その“正解”を行動に移そうとした時、不意に息が詰まった。
温度が、喉を塞いでいた。
アクティナはいつの間にか彼の袖を引いていた。
「カイツール、“おとうさん”、一緒に朝ごはん食べよ?」
沈黙が続く。
彼は少女の手を見下ろしたあと、小さく息を吐く。
その眼差しはまだ鋭く、冷たい表面を保っている。だが奥底で、何かが溶けかけていた。
「……好きにしろ」
かろうじて出たその言葉は、拒絶でも承認でもなく、ただの降伏だった。
アクティナは嬉しそうにうなずき、光の方へ駆けていった。
光の端に、紙の花の白が揺れる。
カイツールはひとり、机に残る記録帳を開く。
空白のページにペンを走らせる。
――第十二感情パターン:再現実験、抑制不能。
備考:対象の行動、敵意・欺瞞の兆候なし。
結論:未知の情動、再定義要。
そして小さく、彼は呟いた。
「……“父親”という役職、恐るべし」
その声は、夜の冷徹とは異なる調子を帯びていた。
カイツールは早朝の報告回線を終え、机に残した記録帳を閉じた。夜のうちに何度か読み返したが、どの文面も自分らしくなかった。筆圧が弱く、論理が曖昧だ。
「……無意味な検証だったな」
そう呟きながらも、心のどこかで“続き”を待っている自分に気づいていた。
その瞬間、扉のノック。
「おはようございます、カイツール!」
声の主は、音の高さでわかる。彼は無意識に姿勢を正す。
扉を開けると、アクティナ・ライトが立っていた。
髪は寝癖で跳ね、片手には作りかけの紙の花束。
「朝ですよ。“おとうさん”、起きて!」
その言葉が、室内の空気を変える。
たった一音で、夜の分析は脆く崩れた。
彼の脳裏に、冷たい論理では説明できない余韻が戻ってくる。
自分で定義した“感情の誤作動”が、また発動したのだ。
「君……まだその呼称を使うか」
静かな声音で言ったつもりだったが、舌がかすかに震えている。
「うん!」
アクティナはにっこり笑う。
「だって、昨日のおままごとのつづきだもん」
彼女は机の上に紙の花束を置いた。無造作に、しかし一輪ずつ丁寧に折られている。
「これね、家族みんなのぶん。“おとうさん”のは、真ん中」
カイツールは無言のまま、それを見つめた。
色紙の継ぎ目がわずかに揺れる。手の中に取るその瞬間、自分の指がどれほど硬いかを思い知る。
——笑うべきだ。ここで笑えば、彼女は満足する。そうすれば、観察としては完結する。
理性が即座に分析を始める。
しかし、その“正解”を行動に移そうとした時、不意に息が詰まった。
温度が、喉を塞いでいた。
アクティナはいつの間にか彼の袖を引いていた。
「カイツール、“おとうさん”、一緒に朝ごはん食べよ?」
沈黙が続く。
彼は少女の手を見下ろしたあと、小さく息を吐く。
その眼差しはまだ鋭く、冷たい表面を保っている。だが奥底で、何かが溶けかけていた。
「……好きにしろ」
かろうじて出たその言葉は、拒絶でも承認でもなく、ただの降伏だった。
アクティナは嬉しそうにうなずき、光の方へ駆けていった。
光の端に、紙の花の白が揺れる。
カイツールはひとり、机に残る記録帳を開く。
空白のページにペンを走らせる。
――第十二感情パターン:再現実験、抑制不能。
備考:対象の行動、敵意・欺瞞の兆候なし。
結論:未知の情動、再定義要。
そして小さく、彼は呟いた。
「……“父親”という役職、恐るべし」
その声は、夜の冷徹とは異なる調子を帯びていた。



