灰銀の部屋。無機質な器具と観測端末が並ぶ冷たい空間で、アクティナ・ライトは両手を後ろに組み、にこにこと立っていた。
「ねえ、アディシェス。今日ね、“おままごと”しよ？」

その言葉を聞いた瞬間、アディシェスの白い瞳がかすかに震えた。冷塔以来、そんな言葉を耳にした覚えはない。
「“ままごと”とは何だ？」
「えっとね――わたしがおかあさんで、あなたがおとうさん！」

彼女は机の上の白磁のカップを手に取り、丁寧に空気を注ぐ仕草をした。
「はい、どうぞ、あったかいお茶です」
「……液体がない」
「いいの、そういう“ふり”。それがおままごとだよ」

アディシェスはしばし沈黙し、仮面に映る自分の無表情を見つめた。
ふり――すなわち虚構。だが、彼にとって世界そのものが虚構だ。恐怖からしか支配を得られない自分にとって、演じることは生きることの延長でもあった。

「了解した。演算開始。“父親”の行動パターンを出力する」
「ちがうよ、計算じゃないの！」
アクティナは頬をふくらませ、机にちょこんと座る。
「感じるの！“優しい気持ち”をするんだよ！」

優しい気持ち。その未知の語に、アディシェスの思考が一瞬停止した。
彼の内部で、恐怖増幅装置が微弱に唸る。彼女からは恐怖が出ていない。それなのに――なぜか心拍だけが少し上がった。

「……この行為の目的は？」
「うーん、“一緒に笑う”ことかな？」
「笑う……？　演技としての模倣なら可能だ」
「じゃあ、やってみて！」

アディシェスは口角をわずかに引いた。しかし、それは歪な線でしかなかった。
アクティナはそんな彼に小さな掌を差し出す。
「大丈夫。できなくてもいいの。わたしが笑ってあげるから」

そして彼女は柔らかく笑った。
その瞬間、彼の視界の中で灰銀の世界がわずかに色づいたように見えた。

短い沈黙ののち、アディシェスは低く問う。
「この行為を……また実行してもいいか？」
「うん、もちろん！　今度は一緒にご飯つくろ！」

彼女の瞳のなかに映った自分の像は、仮面をつけていない素顔のままだった。
それが何を意味するのか、アディシェスはまだ知らない。