沈黙を切り裂くように、笑い声が響いた。
 ――グリモ・ラスト。血塗れの道化は、崩れた回廊の瓦礫の上に立ち、口元に皮肉を浮かべた。

 「まるで見ものだな、銀の巡回者。正義の化身ってやつは、いつも一番醜い形で輝く」
 アィーアツブスの白い瞳がぎらりと瞬く。怒りが波紋を起こし、凍っていた空気が再び脈動し始めた。地上の灯が震え、街の鼓動が狂いだす。

 「黙れ。僕はまだ――」
 「まだ何だ? 救う気か? それとも裁く気か?」
 その問いが刃のように突き刺さる。グリモは血を吐きながら笑った。
 「お前が求める救いは、誰のための正義だ?」

 アィーアツブスの背に、双刃の大剣〈情理ノ裁断〉が光を孕む。紅の脈動が銀色の鎧を濡らし、刃がうねりを帯びる。怒りに反応して、二本の剣が互いを斬り裂くように共鳴した。
 「黙れぇえええ!」
 銀と赤の閃光が舞い上がり、塔の屋根が崩れ落ちる。だがその刃は敵ではなく、彼自身を裂いていた。両の腕が痙攣し、鎧の隙間から溢れ出す光が、まるで血のように滴った。

 グリモは足元に膝をつき、笑いを抑えながら呟いた。
 「なぁ、アィーアツブス。お前が守ってきた理――それを壊してるのは、いつだってお前なんだよ」
 その言葉に、アィーアツブスの剣が停止した。怒りと悲嘆の狭間で、理の刃が震える。

 「情」と「理」、二本の刃が互いに拒み合うように軋み、紅の光が散る。
 グリモはもう立てなかった。それでも口角を上げ、最後の皮肉を吐く。
 「笑えよ。今だけは、お前自身のために」

 微笑の破裂とともに、塔を覆う空が血のように裂けた。
 アィーアツブスの咆哮が夜気を貫き、彼の内側で“理”が音を立てて崩れ去った。