――静寂こそ、最も純粋な秩序である。
白銀の宮殿の最奥、氷のような光が降り注ぐ謁見の間。
神王サタリスは玉座に座り、沈黙の都市を見下ろしていた。
瞳は白く濁り、そこには民の歓声も苦悩も映らない。ただ、完璧な支配の輪郭だけが広がっていた。
「……また、奴が動いたか」
報告を受けた宰相が震える声で頷く。
「はい、陛下。アィーアツブスが北区に出現。暴徒鎮圧の際に……民二百余名が、感情共鳴に巻き込まれました」
サタリスは瞼を閉じた。
その姿は静謐でありながら、背後の空気が凍るような威圧を放つ。
「民はなぜ泣く? 秩序を与えたというのに」
宰相は答えられなかった。
サタリスの言葉には、自らの矛盾を知る者だけが持つ痛みが滲んでいた。
「……アィーアツブスを呼べ。私自ら裁く」
夜。王宮の中庭。
月光を受けて立つ銀の影 ― アィーアツブス。
鎧はひび割れ、手にする双刃リヴァレインは淡く紫に脈打っている。
「お呼びとあらば、神王サタリス」
「街を泣かせたな、銀の警官」
サタリスは静かに言い放つ。その声には怒りではなく、何かを確かめるような響きがあった。
「僕は守った。ただ……僕の“喜び”が、民に伝わっただけだ」
「喜びが、破壊を呼んだのだ」
アィーアツブスは微笑した。その笑みは疲弊と狂気の境界線にあった。
「貴方の秩序は、感情を殺す。僕はその死者たちの“心”を拾い上げただけだ」
リヴァレインの刃が淡く紅に変わる。感情が燃え上がる合図。
サタリスの白い瞳がわずかに揺れた。
「……ならば、僕は何を拾えばいい」
「貴方は王だろう。拾うのは――支配の残骸だ」
剣が交わる瞬間、白と銀の光が夜空を裂いた。
感情と秩序、破壊と神性。
二つの存在が交錯した瞬間、都市全体が“共鳴”した。
戦いの果て、王宮の大理石は亀裂に覆われ、
サタリスは片膝をつき、血の代わりに白い光を流していた。
「……感情は、民を滅ぼす」
「違う。感情は、生きる証だ」
アィーアツブスは息を荒げながらも、瞳に哀しみを宿していた。
サタリスは彼を見上げ、微かに笑った。
「お前も……僕と同じか。二極の狭間で、己を失った者」
「……それでも、僕は泣ける」
アィーアツブスの頬を一筋の涙が伝う。
その瞬間、街全体が柔らかな光に包まれた。
民たちは涙を流した。恐怖でも悲しみでもない――“感情”という名の祈りだった。
サタリスはその光を見つめながら、静かに呟いた。
「ならば……支配の果てに、救いがあるのか」
(……アイという名前がいいな。呼んでやろ)
白の王が初めて「心」を見た夜、
銀の嵐は止み、エリダニアにわずかな“色”が戻った。
翌日、神王サタリスは姿を消した。
玉座の上には、ひび割れた銀の仮面が置かれていた。
民はそれを“感情の証”として祀り、
後の時代、人々はこう呼んだ――
「白の神王と銀の警官は、互いの心を映した鏡であった」と。
白銀の宮殿の最奥、氷のような光が降り注ぐ謁見の間。
神王サタリスは玉座に座り、沈黙の都市を見下ろしていた。
瞳は白く濁り、そこには民の歓声も苦悩も映らない。ただ、完璧な支配の輪郭だけが広がっていた。
「……また、奴が動いたか」
報告を受けた宰相が震える声で頷く。
「はい、陛下。アィーアツブスが北区に出現。暴徒鎮圧の際に……民二百余名が、感情共鳴に巻き込まれました」
サタリスは瞼を閉じた。
その姿は静謐でありながら、背後の空気が凍るような威圧を放つ。
「民はなぜ泣く? 秩序を与えたというのに」
宰相は答えられなかった。
サタリスの言葉には、自らの矛盾を知る者だけが持つ痛みが滲んでいた。
「……アィーアツブスを呼べ。私自ら裁く」
夜。王宮の中庭。
月光を受けて立つ銀の影 ― アィーアツブス。
鎧はひび割れ、手にする双刃リヴァレインは淡く紫に脈打っている。
「お呼びとあらば、神王サタリス」
「街を泣かせたな、銀の警官」
サタリスは静かに言い放つ。その声には怒りではなく、何かを確かめるような響きがあった。
「僕は守った。ただ……僕の“喜び”が、民に伝わっただけだ」
「喜びが、破壊を呼んだのだ」
アィーアツブスは微笑した。その笑みは疲弊と狂気の境界線にあった。
「貴方の秩序は、感情を殺す。僕はその死者たちの“心”を拾い上げただけだ」
リヴァレインの刃が淡く紅に変わる。感情が燃え上がる合図。
サタリスの白い瞳がわずかに揺れた。
「……ならば、僕は何を拾えばいい」
「貴方は王だろう。拾うのは――支配の残骸だ」
剣が交わる瞬間、白と銀の光が夜空を裂いた。
感情と秩序、破壊と神性。
二つの存在が交錯した瞬間、都市全体が“共鳴”した。
戦いの果て、王宮の大理石は亀裂に覆われ、
サタリスは片膝をつき、血の代わりに白い光を流していた。
「……感情は、民を滅ぼす」
「違う。感情は、生きる証だ」
アィーアツブスは息を荒げながらも、瞳に哀しみを宿していた。
サタリスは彼を見上げ、微かに笑った。
「お前も……僕と同じか。二極の狭間で、己を失った者」
「……それでも、僕は泣ける」
アィーアツブスの頬を一筋の涙が伝う。
その瞬間、街全体が柔らかな光に包まれた。
民たちは涙を流した。恐怖でも悲しみでもない――“感情”という名の祈りだった。
サタリスはその光を見つめながら、静かに呟いた。
「ならば……支配の果てに、救いがあるのか」
(……アイという名前がいいな。呼んでやろ)
白の王が初めて「心」を見た夜、
銀の嵐は止み、エリダニアにわずかな“色”が戻った。
翌日、神王サタリスは姿を消した。
玉座の上には、ひび割れた銀の仮面が置かれていた。
民はそれを“感情の証”として祀り、
後の時代、人々はこう呼んだ――
「白の神王と銀の警官は、互いの心を映した鏡であった」と。



