十八世紀末の大浄化戦争。
 純白秩序局が「白の盟約」によって世界の均衡を塗り潰そうとした時、異端とされた者たちは立ち上がった。
 彼らは、「虹の連合」と呼ばれた――。

 それは秩序への反逆であり、色の自由の宣誓だった。
 白に統制された世界に、赤、青、緑、金――それぞれの理想と矜持を掲げる者たち。彼らの名は今も、灰に沈んだ戦史の中で燃え続けている。
 ピサンザプラの系譜「無言の監視者」は、その戦いを記録した。シェリダーの祖たる銀将軍が、最も眩しい“穢れ”と対峙した瞬間を。

クリムゾン・プロフェット ― 赤の預言者

 血のような赤髪を翻し、燃えるローブをまとう。
 彼が現れるだけで戦場は熱に包まれ、白き軍勢の鎧は溶け出した。名を“クリムゾン・プロフェット”。
 彼の言葉は火と化し、民衆を煽った。
 「白は死だ。色は生命だ」
 激情こそが世界を動かすと信じ、彼は灰となるまで燃え続けた。

 だが、その炎の中にこそ破滅も宿っていた。感情は彼を奮い立たせる一方、理を奪い、同胞をも焼き尽くした。
 白光の戦いで彼は敗れ、虹の塔で銀将軍の刃に沈む。だが、その赤い残光は四百年を経た今も、シェリダーの瞳の奥を揺らしている。
 ピサンザプラは、その光を単なる戦火としてではなく――「白を揺るがせた最初の色」として記録した。

サファイアの魔女 ― 青の幻影

 静寂の美を纏う女。青のヴェールの下、氷のような瞳が未来を読み解く。
 サファイアの魔女は、連合の知略を担った。炎の預言者が情熱を操るなら、彼女は冷静に戦略を紡ぐ。青い霧の幻影が敵の眼を奪い、純白の秩序を欺いた。

 しかし、理性は孤独だった。彼女は群衆の歓声を好まず、戦場を俯瞰する観察者であり続けた。
 白衛士に捕らわれた夜、彼女は微笑みながら言ったという。
 「色は死なない。ただ、見る者の心で形を変えるだけ」

 ピサンザプラの記録はその言葉を残す。
 それは後に、彼自身の“観察の理念”の原型となった。

エメラルドの使徒 ― 緑の再生者

 森の加護を宿す青年。
 彼は戦を癒しに変えようとした。破壊ではなく、再生によって抗うという信念の持ち主。
 緑の衣をまとったその姿は、軍勢よりも民の間に希望をもたらした。

 だが、理想は現実に踏みにじられる。武を拒む善良は、白の浄化によって粉砕された。
 彼は捕らえられ、牢で静かに果てたと記録にある。
 ピサンザプラの祖はその死を「戦場よりも静謐な敗北」と記した――失われたのは命ではなく、調和という思想そのものだったと。

ゴールデン・オラクル ― 金の啓示者

 光だけが彼(または彼女)を語る。
 金の仮面に覆われたその存在は、声をもって未来を告げた。希望、統合、そして終末。
 その預言を信じた者は連合を一つに束ね、疑った者は分裂を招いた。

 彼の語る未来は曖昧でありながら、民衆の心を照らす灯であった。
 虹の塔陥落の夜、金色の光が最後に空を貫いた瞬間、何を見た者もいない。ただ、純白の兵たちの記録に、“空に金の涙が流れた”と残されている。

 シェリダーは彼を「虚偽の預言者」と断じ、ピサンザプラはその光を「希望という病理」と記録した。

終章 ― 色の遺産

 虹の連合は瓦解した。しかし、その灰の中からなお、色は芽吹く。
 白が世界を覆うたびに、誰かがその単色の沈黙に抗い、赤を灯し、青を揺らし、緑を抱き、金を信じた。

 ピサンザプラは現代に立ち、かつての観測を継ぐ。不動の瞳は問い続ける。
 ――純白とは本当に秩序なのか。それとも、最も深い闇なのか。

 そして遠い過去の記録の中で、銀将軍が放った最後の言葉が、時を越え微かに響く。
 「赤が美しいと感じた。それが、敗北の始まりだった」