戦いの夜が終わり、クロマティスの空は煙の灰に沈んでいた。
 街を包む聖域の光は消え、白と黒の境界がゆるやかに崩れる中で、シェリダーは廃ビルの屋上に佇んでいた。鎧の表面にこびりついた赤い痕が、夜風に乾いて鈍く光る。

 背後に立つピサンザプラは、無言だった。
 少年の瞳は、まだ観察をやめない。薄い光を帯びた双眸は、あくまで世界を記録する鏡でしかない。

 「……見ていたのだな」
 シェリダーが低く言う。声は掠れ、どこか空虚だった。
 ピサンザプラは応じず、ただその沈黙が肯定のように響く。

 「僕は、穢れを恐れていた。恐れ、そして――憧れていた」

 風が吹き抜け、鎧の隙間に赤い粒を運ぶ。シェリダーの瞳がそれを追うたび、胸の底で何かが軋み、崩れていく。
 「純白の秩序は、完璧であるはずだった。混ざりもののない正義……そう信じていた。だが――」
 彼は拳を握りしめる。白い籠手に、赤の残滓が滲む。
 「この色を見ていると、なぜか安心する。血のような、痛みのような……それを“生命”と呼ぶなら、僕はそれを否定する資格があるのか?」

 ピサンザプラは一歩、彼の傍らへ歩む。足音は石の上を掠めるように静かだ。
 シェリダーは振り返らないまま、続けた。
 「僕は、銀将軍の遺志を継ぐ者として、色を拒んだ。しかし、あの赤も、あの青も、僕の剣に散った光は――なぜか美しかった。純白の理では説明できぬ“何か”がある」

 彼はゆっくりと剣を抜き、残光の消えた刃先を見つめた。そこには、まだ微かに虹色のきらめきが残っていた。
 「それでも、僕は戦わねばならない。たとえ僕の白が偽りでも……信じなければ、僕は崩れる。ピサンザプラ、君は見ているのだろう、僕の揺らぐ心を」

 少年はわずかに瞬きをした。それが返答であるように。

 シェリダーは息を吐き、かすかに笑った。
 「君の沈黙が羨ましい。何も汚さず、ただ世界を映すだけの存在。だが……僕には、それができない」

 静けさが訪れた。
 遠くでネオンが点滅し、赤と青が夜の底に滲む。
 ピサンザプラはゆっくりと視線を上げた。その眼に映るのは、崩れかけた白の背。観察者の記録には“告白”という概念はない。ただ、世界が変わる瞬間のデータが積み上がるのみ。

 「……もし、僕が穢れに染まる日が来たら」
 シェリダーは振り返らずに言った。
 「その時は――僕を観測し、そして終わらせてくれ」

 ピサンザプラは答えない。ただ、その眼に、白と赤の光を重ねて記録した。
 夜が静かに沈んでいく。
 そして、二人の間に言葉の届かぬ沈黙が降りた。