シェリダーは、純白秩序局の「銀警官」として、純白思想を最も純粋に体現する存在だった。
 白鎧に身を包み、セラヴィエルの剣を携えるその姿は、冷えた彫像のように整っている。だが、その内には――“穢れへの恐怖と羨望”という、誰にも見せぬ影が潜んでいた。

 かつての大浄化戦争。白の盟約。銀将軍の遺産。
 彼はそれらを背負いながらも、虹の連合が遺した「色の自由」に抗えずにいる。白以外を拒絶しながら、色に惹かれてしまう己の矛盾。それが、シェリダーという存在を蝕んでいた。

 ネオンの光が、夜の街を染めていた。赤、青、緑――無秩序な光の奔流の中で、シェリダーの白鎧だけが異質だった。
 彼は高架の上から街を見下ろし、淡い白の瞳で呟く。

 「穢れの巣窟だ」

 その声には怒りも憎しみもなく、ただ機械のような規律があった。
 ピサンザプラは少し後方に立ち、無言のままその横顔を見つめていた。少年の視線は、記録のための観察――だが、そこには一欠片の人情もない。ただ冷たい光が、対象の揺らぎを測定している。

 シェリダーが剣を抜いた瞬間、白い聖域が降りた。
 半径五十メートルの範囲が光に包まれ、世界から色が奪われる。ネオンが音もなく消え、人々の影が止まった。モノクロームの静寂。

 そのとき、路地裏から声が響いた。
 「自由の赤を、思い出せ――!」

 炎が爆ぜ、赤いマントを翻す戦士が現れる。燃え立つその赤は、夜を裂き、白の聖域を焼く。
 ピサンザプラの瞳が微かに光を反射した。炎が白を侵し、領域の均衡が崩れる。

 シェリダーの瞳が揺らいだ。
 赤――それは、銀将軍が一度だけ心を乱した“色”。記録の中の伝承が、今、彼の内で蘇る。
 思考を捨てるように、彼は剣を振るった。セラヴィエルが閃き、炎を断ち、戦士の叫びが夜気に散る。燃え残る紅が風に舞い、白い鎧を赤く染めた。

 「汚染者め……」

 声が震えた。怒りではない。
 ピサンザプラはその震えを観察し、記録する。彼の剣を握る手に、わずかな乱れ。白の均衡が崩れる瞬間。

 青い霧が襲う。別の敵が現れ、サファイアの魔女を彷彿とさせる詠唱を紡ぐ。
 霧が聖域を侵食し、白が揺らぐ。
 シェリダーは光を強めて応答し、霧が裂ける。その中に――虹色のきらめき。

 一瞬、心臓が跳ねた。
 “これは、穢れではない。いや、穢れだ――”
 思考がねじれ、視界が波打つ。剣を握り直す手が震え、呼吸が荒れた。

 「なぜ……この色が、消えない……」

 その呟きを、ピサンザプラは聞いた。少年の表情は動かず、ただ瞳の奥で光が記録を刻んだ。彼の不動の心は、この揺らぎを静かに映し出していた。

 瞬間、セラヴィエルが振り下ろされる。
 赤と青、ふたつの影が光に飲み込まれ、悲鳴もなく消える。街が静まり返り、白の世界が戻る。
 勝敗は、純白の理が制した――はずだった。

 だが、その白の中で、赤の残滓がなお、鎧に焼きついていた。

 シェリダーは剣を収め、震える指先を押し殺すようにして立ち尽くす。
 彼の背後で、ピサンザプラが静かに歩み出る。その視線が鎧の赤を捕らえた瞬間、空気がわずかに揺れた。

 「……何も言うな」

 シェリダーの声は低く、力を欠いていた。
 ピサンザプラは頷くこともなく、ただ記録を続けた。彼にとってこの赤もまた、観測すべき“現象”にすぎない。

 白という理想が、いかに脆く、美しい崩壊の淵にあるかを――。