ピサンザプラは、不動の心を宿す無言の少年として、純白秩序局の世界を静かに見つめていた。その眼差しは、感情の影を排した鏡。言葉の代わりに、視線と記録によって真実を捉える観察者だった。彼の前に歩む男――シェリダーの「純白の秩序」と、その内に脈打つ矛盾を映すために。

 ピサンザプラの視界は、霧に溶ける白の中で静かに広がる。
 石畳の上を歩くシェリダーの白鎧が、朝光を撥ね返し淡く輝いた。鎧の表面は一分の曇りもなく見えたが、ピサンザプラの目は、その隙間に絡む微細な埃を見逃さなかった。――それは、穢れの芽か。

 シェリダーの歩調は寸分の狂いもなく、白い瞳は前だけを見据えている。道端に咲く赤い花を意図的に無視して進むが、その瞳が刹那、わずかに花弁を掠めたことを、ピサンザプラは記録した。

 そこへ現れたのは、泥に汚れた服を着た少女。手には赤いリンゴ。シェリダーの動きが止まり、空気が張りつめる。
 ピサンザプラは一歩近づき、静かに観察した。緊張した腕、剣の柄へ伸びる指。長剣〈セラヴィエル〉が抜かれる寸前、彼はそっとシェリダーの腕に触れる。わずかな接触が、白鎧を通して振動した。

 「なぜだ」と絞り出すように問う声に、ピサンザプラは応じない。代わりに少女を指差すだけだった。
 その指先が示す笑顔は、濁りなき喜びの色。シェリダーの顔に細い亀裂が走る。純白思想が抱える矛盾――穢れを拒む超信念と、穢れに宿る生命への羨望。その全てを、ピサンザプラの瞳が刻む。赤いリンゴが白を乱し、シェリダーの歩みを鈍らせる。
 彼の背を静かに追いながら、少年の眼はわずかな乱れさえも逃さなかった。

 夜の都市。ネオンが滲む闇と光の境界で、ピサンザプラはシェリダーの背を追っていた。
 新生虹派の反乱。赤い炎が跳ね、空を焦がす。シェリダーは白の聖域を展開し、世界が瞬時にモノクロームへと変わる。

 セラヴィエルが閃き、敵を断ち切る音が響く。飛び散る血の赤が白を汚し、ピサンザプラはその対比を記録した。
 呼吸が乱れ、シェリダーの瞳に虹色の残像が揺らぐ。――そこに潜むのは恐れか、それとも憧れか。

 敵の放つ青い霧が聖域を侵食し始め、シェリダーは咆哮して光を強める。勝利は訪れた。だが彼の鎧に残った血痕が、白の理念をわずかに歪ませていた。
 ピサンザプラは沈黙のまま、震える剣の柄を観察する。それは力ではなく、迷いの証。純白の秩序――その完全さの裏に潜む、脆く痛ましい人間の影を見つめていた。

 白い大聖堂の内部は、音を呑み込むほどの静寂に包まれていた。
 シェリダーは跪き、翼を広げた白の十字紋章に祈りを捧げている。ピサンザプラはその横に立ち、無言のまま視線を注ぐ。

 祈りの最中にも、シェリダーの瞳はわずかに揺れていた。表層の純粋さの下、深淵には影が沈む。かつて大浄化戦争を導いた銀将軍。その遺産と葛藤。その血を継ぐ者として、彼は未だ「穢れ」と「光」の境界を測りかねている。

 ピサンザプラは彼の手の震えを記録し、それを「恐怖」と「羨望」という名で分類した。不動の心を持つ少年にとって、そこに値する感情はない。だが、揺らぐ人間の心こそが記録すべき現象である。

 やがてシェリダーが立ち上がり、振り返る。その瞳がピサンザプラを射抜く。
 一瞬、白の騎士は息を呑む。少年の眼に、自身の崩壊の姿を見たからだ。ピサンザプラは何も言わず、その視線で問いを返す。――この秩序は、いつまで続くだろうか。純白の未来に、灰が混じる日は。

 彼の視点は言葉を持たない分析であり、記録であり、世界の鏡だ。感情を介さぬ観察は、シェリダーの矛盾を静かに照らす。大浄化戦争と白の盟約を越えて続く彼の任務は、ただ見ること、そして沈黙のうちに世界の変化を刻むことだ。
 ピサンザプラが映すもの――それは「純白」の理想が抱える孤独と、穢れを恐れながらも惹かれてしまう人の弱さだった。