木崎屋の夜は、柔らかな照明と静かなジャズが織りなす大人の隠れ家だった。
カウンターの内では、木崎逸美が穏やかな手つきでカクテルを作り、蜂須賀貝磨が無言でグラスを磨き上げる。その隣では、柏原心太朗が客と軽やかに笑い合い、温かなざわめきが店を包んでいた。
午後十時。扉の鈴が静かに鳴る。
現れたのは、純白の鎧をまとった屈強な男――光秩序守護官、シェリダー。短く整えられた白髪に、淡く銀白色の瞳。かつての厳めしさを湛えていた鎧は、いまは穏やかな輝きを纏っていた。
彼は静かにカウンターに腰を下ろし、木崎に目を向ける。
「……静かな夜だ。いつもの、頼めるか？」
木崎は微笑を浮かべ、手を止めずに応じた。
「シェリダーさん、今日は一段と穏やかね。ウィスキーソーダでいい？」
手慣れた手つきでグラスに氷を入れ、透明な液体が夜の空気にひんやりと溶けていく。
「それでいい。……この場所は、いつも変わらんな」
シェリダーの低く落ち着いた声には安堵が滲み、肩の力がわずかに抜けた。バーの光が彼の白銀の瞳に柔らかく反射する。
ウィスキーソーダが静かに差し出される。
「はい、シェリダーさん。今日はどんな一日だった？」
木崎の声は軽やかでありながら、相手の疲れを見逃さない温かさを帯びている。
「……議論と調停の日々さ。白と黒を混ぜ、灰色の答えを探す。疲れるが、必要なことだ」
氷がカチリと鳴る。彼の言葉は重く、それでいてこの空間の中では溶け、丸くなる。
（完全な秩序は脆い。ここでは、色の影も許される……）
そう心で呟き、彼はグラスを唇に運んだ。
カウンターの端から、心太朗が無邪気に声をかける。
「シェリダーさん！ その鎧、めっちゃかっこいいっすね！重くないんですか？」
貝磨が「心太朗、お静かに」と低く制する。
(……正直、見苦しいから。早く帰りたい)
貝磨は内心、静かな焦燥を駆り立てていた為、時々、手が滑りそうになっている。
しかしシェリダーはわずかに口元を緩めて答えた。
「重いが、慣れた。……君の明るさも、悪くない重さだな」
「えっ、褒められた！？」
心太朗が照れ笑いを浮かべ、場の空気が少し軽くなる。
そこへ新人の柏木俊太郎が、ぎこちない動作でバーカウンターの裏に現れた。シェリダーの荘厳な姿に目を丸くし、「うわ……なんか、すごい人……！」と呟いた拍子に、手のトレイを落としそうになる。木崎が笑みを浮かべて声をかける。
「俊太郎くん、落ち着いてね。シェリダーさんは優しいから」
シェリダーは彼に静かに視線を向ける。
「初めての夜シフトか？ 焦らず、己のペースでいい」
俊太郎は顔を上げ、真っ直ぐに頷いた。
「は、はい！ ありがとうございます！」
その言葉に背を押されるように、彼の胸に小さな勇気が灯る。
（こんな人に認められた……頑張らなきゃ）
シェリダーは、かつて「排除の刃」と呼ばれた男。白の正義に囚われ、多くを失った者。だが今は「調和の刃」として、共存を選んだ彼がいる。
（過去の私は、白だけを追い求めた。だが今は――この店の雑多な色も、守るべきものだ。）
木崎屋の混ざり合う音と光が、彼の胸に沈んだ小さな葛藤を静かに溶かしていく。
やがてグラスの底が露わになる。
シェリダーは静かに立ち上がり、礼を込めて言った。
「木崎、いつもながらいい時間をありがとう。……また、立ち寄る」
銀白の瞳が、わずかに温もりを増す。
木崎は微笑んだ。
「いつでも待ってるよ、シェリダーさん」
心太朗が楽しげに手を振り、「また来てくださいね！」と声を上げる。貝磨は無言で頷き、俊太郎はまだ憧れ混じりに彼を見送っていた。
扉の鈴が再び揺れ、夜風がひと筋、静かな余韻を残す。
光秩序守護官シェリダーは闇の中へと消えていった。だが、彼の胸の内には――木崎屋の温かな灯が、小さな光として残っていた。
カウンターの内では、木崎逸美が穏やかな手つきでカクテルを作り、蜂須賀貝磨が無言でグラスを磨き上げる。その隣では、柏原心太朗が客と軽やかに笑い合い、温かなざわめきが店を包んでいた。
午後十時。扉の鈴が静かに鳴る。
現れたのは、純白の鎧をまとった屈強な男――光秩序守護官、シェリダー。短く整えられた白髪に、淡く銀白色の瞳。かつての厳めしさを湛えていた鎧は、いまは穏やかな輝きを纏っていた。
彼は静かにカウンターに腰を下ろし、木崎に目を向ける。
「……静かな夜だ。いつもの、頼めるか？」
木崎は微笑を浮かべ、手を止めずに応じた。
「シェリダーさん、今日は一段と穏やかね。ウィスキーソーダでいい？」
手慣れた手つきでグラスに氷を入れ、透明な液体が夜の空気にひんやりと溶けていく。
「それでいい。……この場所は、いつも変わらんな」
シェリダーの低く落ち着いた声には安堵が滲み、肩の力がわずかに抜けた。バーの光が彼の白銀の瞳に柔らかく反射する。
ウィスキーソーダが静かに差し出される。
「はい、シェリダーさん。今日はどんな一日だった？」
木崎の声は軽やかでありながら、相手の疲れを見逃さない温かさを帯びている。
「……議論と調停の日々さ。白と黒を混ぜ、灰色の答えを探す。疲れるが、必要なことだ」
氷がカチリと鳴る。彼の言葉は重く、それでいてこの空間の中では溶け、丸くなる。
（完全な秩序は脆い。ここでは、色の影も許される……）
そう心で呟き、彼はグラスを唇に運んだ。
カウンターの端から、心太朗が無邪気に声をかける。
「シェリダーさん！ その鎧、めっちゃかっこいいっすね！重くないんですか？」
貝磨が「心太朗、お静かに」と低く制する。
(……正直、見苦しいから。早く帰りたい)
貝磨は内心、静かな焦燥を駆り立てていた為、時々、手が滑りそうになっている。
しかしシェリダーはわずかに口元を緩めて答えた。
「重いが、慣れた。……君の明るさも、悪くない重さだな」
「えっ、褒められた！？」
心太朗が照れ笑いを浮かべ、場の空気が少し軽くなる。
そこへ新人の柏木俊太郎が、ぎこちない動作でバーカウンターの裏に現れた。シェリダーの荘厳な姿に目を丸くし、「うわ……なんか、すごい人……！」と呟いた拍子に、手のトレイを落としそうになる。木崎が笑みを浮かべて声をかける。
「俊太郎くん、落ち着いてね。シェリダーさんは優しいから」
シェリダーは彼に静かに視線を向ける。
「初めての夜シフトか？ 焦らず、己のペースでいい」
俊太郎は顔を上げ、真っ直ぐに頷いた。
「は、はい！ ありがとうございます！」
その言葉に背を押されるように、彼の胸に小さな勇気が灯る。
（こんな人に認められた……頑張らなきゃ）
シェリダーは、かつて「排除の刃」と呼ばれた男。白の正義に囚われ、多くを失った者。だが今は「調和の刃」として、共存を選んだ彼がいる。
（過去の私は、白だけを追い求めた。だが今は――この店の雑多な色も、守るべきものだ。）
木崎屋の混ざり合う音と光が、彼の胸に沈んだ小さな葛藤を静かに溶かしていく。
やがてグラスの底が露わになる。
シェリダーは静かに立ち上がり、礼を込めて言った。
「木崎、いつもながらいい時間をありがとう。……また、立ち寄る」
銀白の瞳が、わずかに温もりを増す。
木崎は微笑んだ。
「いつでも待ってるよ、シェリダーさん」
心太朗が楽しげに手を振り、「また来てくださいね！」と声を上げる。貝磨は無言で頷き、俊太郎はまだ憧れ混じりに彼を見送っていた。
扉の鈴が再び揺れ、夜風がひと筋、静かな余韻を残す。
光秩序守護官シェリダーは闇の中へと消えていった。だが、彼の胸の内には――木崎屋の温かな灯が、小さな光として残っていた。
