白城の病院施設、その最深部に静謐な庭園が広がる。氷川丸はそこにたたずんでいた。白い髪が微風にそよぎ、白色の瞳はまるで氷の湖のように静かで深く、何も映さない。彼は院長としてこの施設を統べる立場にあるが、今はただの観察者だった。動かず、語らず、ただ見つめる。観察の対象は、純白秩序局の銀警官、シェリダーだ。
シェリダーは庭園の中央に静かに立つ。白の儀礼鎧は陽光を浴びて柔らかく輝き、長剣「セラヴィエル」を佩いたその姿は、まるで神話の聖者のようだった。彼の白銀の瞳は氷川丸と異なり、冷たさの中に慈愛の光が滲んでいる。氷川丸はその違いを見つめ続ける。無言で、不動のまま。
シェリダーはゆっくりと膝をつき、花壇の小さな白い花に手を伸ばす。そこに揺れる花は、戦傷を負った兵士が丁寧に植えたものだった。彼は剣を脇に置き、泥まみれの土を穏やかに扱う。泥が鎧に付着しても、気にする様子はなく、雑草を抜き、水をやるその手つきは、まるで子を慈しむ母のようだった。氷川丸の瞳がわずかに僅かに動く。余計な無駄はないが、過剰な優しさがそこにあった。
シェリダーが立ち上がり、鎧の泥を払う仕草もどこか儀礼的でありながら、同時に人間らしい不完全さを秘めていた。氷川丸はそのことに気づく。シェリダーの白は「完全」を求めてはいないのだ。それはかつての「穢れを憎む者」としての彼とは違う。
庭園に患者の一人、隻腕の男が現れた。かつて戦場で穢れに飲まれ暴走した者である。男はシェリダーを見ると怯え、一歩後ずさる。だがシェリダーはただ静かに近づき、「恐れるな」と低く温かな声をかけた。男は震えながらも剣を抜かれず、ただ一つの手を差し出す鎧の上のその手は柔らかく、赦しの約束を告げていた。
「僕は君を裁かない。君の痛みを共に癒したいのだ」
男は声を上げて泣き崩れる。シェリダーの領域、
「純聖の守護」が発動する。庭園全体が白い光に包まれ、男の心に渦巻いていた憎悪が静かに和らいでいく。氷川丸はじっと観察した。シェリダーの力は穢れを浄化するが、過去を消し去るのではなく、受け入れることによって包み込むのだ。氷川丸の瞳に初めて、微かな揺らぎが走った。シェリダーの白は、果たして自分のそれとは何が違うのか。
日が傾き、シェリダーは庭園の隅で剣を手に佇む。セラヴィエルを握る手がわずかに震えていた。氷川丸はそれを見逃さない。彼の視線の先、遠くの病棟には「救えなかった者」たちが眠っている。彼の白銀の瞳にかすかな曇りが差し、慈悲の光が一瞬揺れた。
胸に剣を当てながらシェリダーは小声で呟いた。
「僕が救えなかった者たちよ……この白は、なお不完全だ」
その言葉は風にかき消されたが、氷川丸は確かに聞いた。彼の不動の心に、微かな波紋が生じていた。シェリダーの白は完全性を求めず、不完全さを抱く。それは彼の強さか、はたまた弱さか。氷川丸は判断を保留し、ただ見守る。
やがて夜が訪れ、シェリダーは静かに庭園を後にする。鎧の輝きの中に彼の背中の孤独が滲む。氷川丸は動かず、語らず、ただその姿を見送り続けた。シェリダーの行動――花を慈しみ、患者を赦し、不完全さを抱く――それらが氷川丸の心に刻まれる。彼の白は彼自身とは違う。だが、その違いの意味はまだわからなかった。
無言の院長は庭園の闇に溶け込む。観察は続く。シェリダーの光がいずれどこへ灯るのかを、ただ見つめ続けるのだ。
氷川丸のレポート抜粋
「本日の観察対象は銀警官シェリダー。彼は表面的な儀礼と実務の重圧に抑えられているものの、部分的に人間的な温もりを内包する矛盾した存在だ。彼の動作には確かな効率性があるが、それ以上に、彼自身の不完全さを包み込みながらも、赦しの意志を示す瞬間がある。これは戦闘の冷徹さとは裏腹に、深い人間性の証左だろう。彼の「白」は単なる純粋性の追求ではなく、むしろ不完全さの受容と再生である。僕の観察は彼の本質にまだ及んでいないが、この光景から得るものは計り知れない」
シェリダーは庭園の中央に静かに立つ。白の儀礼鎧は陽光を浴びて柔らかく輝き、長剣「セラヴィエル」を佩いたその姿は、まるで神話の聖者のようだった。彼の白銀の瞳は氷川丸と異なり、冷たさの中に慈愛の光が滲んでいる。氷川丸はその違いを見つめ続ける。無言で、不動のまま。
シェリダーはゆっくりと膝をつき、花壇の小さな白い花に手を伸ばす。そこに揺れる花は、戦傷を負った兵士が丁寧に植えたものだった。彼は剣を脇に置き、泥まみれの土を穏やかに扱う。泥が鎧に付着しても、気にする様子はなく、雑草を抜き、水をやるその手つきは、まるで子を慈しむ母のようだった。氷川丸の瞳がわずかに僅かに動く。余計な無駄はないが、過剰な優しさがそこにあった。
シェリダーが立ち上がり、鎧の泥を払う仕草もどこか儀礼的でありながら、同時に人間らしい不完全さを秘めていた。氷川丸はそのことに気づく。シェリダーの白は「完全」を求めてはいないのだ。それはかつての「穢れを憎む者」としての彼とは違う。
庭園に患者の一人、隻腕の男が現れた。かつて戦場で穢れに飲まれ暴走した者である。男はシェリダーを見ると怯え、一歩後ずさる。だがシェリダーはただ静かに近づき、「恐れるな」と低く温かな声をかけた。男は震えながらも剣を抜かれず、ただ一つの手を差し出す鎧の上のその手は柔らかく、赦しの約束を告げていた。
「僕は君を裁かない。君の痛みを共に癒したいのだ」
男は声を上げて泣き崩れる。シェリダーの領域、
「純聖の守護」が発動する。庭園全体が白い光に包まれ、男の心に渦巻いていた憎悪が静かに和らいでいく。氷川丸はじっと観察した。シェリダーの力は穢れを浄化するが、過去を消し去るのではなく、受け入れることによって包み込むのだ。氷川丸の瞳に初めて、微かな揺らぎが走った。シェリダーの白は、果たして自分のそれとは何が違うのか。
日が傾き、シェリダーは庭園の隅で剣を手に佇む。セラヴィエルを握る手がわずかに震えていた。氷川丸はそれを見逃さない。彼の視線の先、遠くの病棟には「救えなかった者」たちが眠っている。彼の白銀の瞳にかすかな曇りが差し、慈悲の光が一瞬揺れた。
胸に剣を当てながらシェリダーは小声で呟いた。
「僕が救えなかった者たちよ……この白は、なお不完全だ」
その言葉は風にかき消されたが、氷川丸は確かに聞いた。彼の不動の心に、微かな波紋が生じていた。シェリダーの白は完全性を求めず、不完全さを抱く。それは彼の強さか、はたまた弱さか。氷川丸は判断を保留し、ただ見守る。
やがて夜が訪れ、シェリダーは静かに庭園を後にする。鎧の輝きの中に彼の背中の孤独が滲む。氷川丸は動かず、語らず、ただその姿を見送り続けた。シェリダーの行動――花を慈しみ、患者を赦し、不完全さを抱く――それらが氷川丸の心に刻まれる。彼の白は彼自身とは違う。だが、その違いの意味はまだわからなかった。
無言の院長は庭園の闇に溶け込む。観察は続く。シェリダーの光がいずれどこへ灯るのかを、ただ見つめ続けるのだ。
氷川丸のレポート抜粋
「本日の観察対象は銀警官シェリダー。彼は表面的な儀礼と実務の重圧に抑えられているものの、部分的に人間的な温もりを内包する矛盾した存在だ。彼の動作には確かな効率性があるが、それ以上に、彼自身の不完全さを包み込みながらも、赦しの意志を示す瞬間がある。これは戦闘の冷徹さとは裏腹に、深い人間性の証左だろう。彼の「白」は単なる純粋性の追求ではなく、むしろ不完全さの受容と再生である。僕の観察は彼の本質にまだ及んでいないが、この光景から得るものは計り知れない」



