ケムダー――貪欲の化身にして銀警官。
その力「所有強奪(オーナーシフト)」は、他者の所有権を強制的に奪い、自らの力として吸収するものだった。土地、物、生命、権限――あらゆる「所有」は、彼にとって獲物に過ぎない。右腕には銀鉄の籠手「底なしの袋(Endless Pouch)」が光り、奪ったすべてを肥大化する力へと転化させていく。
だが、その根底にある「欲望」は限りを知らなかった。
ケムダーは満足を知ることがない。常に呟く。
「すべてを、僕のものに」と。
白銀の化学者ヴィットリオ=ヴェネトによる改造を経て、彼はついに人ならざる吸引機械と化す――その瞬間から、貪欲という宿命的な罠へと堕ちていった。
ケムダーの弱点は二つ。
一つは欲望の無限増殖による制御不能。
もう一つは自我の拡散と自己崩壊。
それぞれの過程にこそ、彼という存在の悲劇と、象徴的な終焉が潜んでいる。
第一の弱点:欲望の無限増殖 ――制御の喪失
ケムダーの人格は、欲望そのものに根ざしている。
彼にとって善も悪もない。「欲する」こと――それが生きる理由であり、存在意義のすべてだった。富も権力も愛も、彼にとっては支配すべき対象に過ぎないが、別に人格は不要である。てか、人格複製とかは全て妄想に過ぎないのである。
改造後、ヴィットリオによってその能力は拡張された。
砂漠を吸い込み、山を呑み、海を奪う。吸収するたび、体は膨張し、出力は跳ね上がった。
だが、その瞬間、ケムダーの内側では何かが狂い始めていた。
吸収すればするほど、欲望は倍化する。
海を得れば大陸を求め、大陸を得れば惑星を欲し、やがて恒星すら飢えの対象となる。
「この恒星の光は、僕のもの……だが、銀河全体の光も、欲しい」
合成された声が虚空に響き、吸引口が次なる獲物を探し始める。
ヴィットリオの制御装置がなければ、ケムダーはすでに宇宙を呑み尽くしていた。
だが、リモートで抑え込むたびに、内部に「未消化の欲望」が沈殿していく――それは、いつか爆発的に増殖する宿命の種子だった。
心理的に見るなら、ケムダーの構造は自己肯定の無限ループだ。
奪う → 力が増す → さらに奪いたくなる → 奪う。
満足が存在しないゆえに、止まるという選択肢がない。
最終的に、彼は「目的なき飢え」に取り憑かれる。
星を呑み込む最中に、小さな石ころに気を取られ、無意味な吸引を繰り返すような――散漫で不毛な暴走。
それが「無限の空虚」の始まりだった。
第二の弱点:自我の拡散と自己崩壊 ――喰らい尽くされる存在
もう一つの致命的な弱点は、自我の分散だ。
奪えば奪うほど、ケムダーという個は薄まり、境界が曖昧になっていく。
改造によって、彼の意識は機械のコアへと封じられた。吸収した所有権――たとえば海の「所有」を奪うと、海の概念までもが自身と融合する。
力としては確かに増す。だが、同時に「自分でないもの」を大量に内包することとなる。
「僕は誰だ? 海か? 星か? それとも――」
ケムダーの声が歪み、複数の存在の声が重なり始める。
ある時、ヴィットリオの制御が一瞬遅れた瞬間――ケムダーは惑星系ごと呑み込み、その内部に無数の生命の所有権を取り込んだ。
そして、その声は変わる。
「すべてを僕のものに……いや、僕たちのものに……」
彼はもはや一つの個ではない。「群体」としての怪物だった。
だが、さらに恐ろしいのは、その先だ。
欲望が極点を越えた時、ケムダーはついに「己自身」を欲し始める。
「僕の存在すら、僕のものに……」
銀鉄の籠手が内側に向かい、肉を、機械を、精神を喰らい始める。
装甲が崩れ、白銀の合金が滴り落ちる。
ヴィットリオの制御信号が届いた時、そこには――ただ、崩壊した光の残骸が残っていた。
象徴としての崩壊とヴィットリオの視座
ケムダーの滅びは、単なる機構的欠陥ではない。
それは「貪欲」という概念そのものの宿命だった。
ヴィットリオは、この弱点を理解していた。
だからこそ、抑制機構を設け、道具として利用した。
掃除機や権利剥奪機など、派生製品には必ず“限界”が設定されている。吸いすぎない。抱えすぎない。
だが、それはむしろ皮肉でもあった。
ヴィットリオの白い瞳にも、次第に同じ影が宿り始めていたのだ。
「満足など、ない……」
その呟きは、いつかケムダーが発した声と寸分違わぬ響きを持っていた。
化学者は怪物を制御したのではない。――彼自身が、怪物の理に取り込まれつつあったのだ。
終章:永遠の飢え
ケムダーの弱点とは、同時に彼の本質そのものだった。
欲望の深みに安住し、奪うことでしか生を確かめられない。
それは、白銀の光を放つほどに美しく、同時に銀鉄の闇より深い。
「すべてを僕のものに。満足など、ない」
この言葉は、彼の運命を示す呪いであり、ヴィットリオの未来をも暗示している。
――貪欲の化身は、いつか自分自身をも喰らい尽くす。
そしてその日、白銀の文明は、静かに砂となって崩れ落ちるだろう。
その力「所有強奪(オーナーシフト)」は、他者の所有権を強制的に奪い、自らの力として吸収するものだった。土地、物、生命、権限――あらゆる「所有」は、彼にとって獲物に過ぎない。右腕には銀鉄の籠手「底なしの袋(Endless Pouch)」が光り、奪ったすべてを肥大化する力へと転化させていく。
だが、その根底にある「欲望」は限りを知らなかった。
ケムダーは満足を知ることがない。常に呟く。
「すべてを、僕のものに」と。
白銀の化学者ヴィットリオ=ヴェネトによる改造を経て、彼はついに人ならざる吸引機械と化す――その瞬間から、貪欲という宿命的な罠へと堕ちていった。
ケムダーの弱点は二つ。
一つは欲望の無限増殖による制御不能。
もう一つは自我の拡散と自己崩壊。
それぞれの過程にこそ、彼という存在の悲劇と、象徴的な終焉が潜んでいる。
第一の弱点:欲望の無限増殖 ――制御の喪失
ケムダーの人格は、欲望そのものに根ざしている。
彼にとって善も悪もない。「欲する」こと――それが生きる理由であり、存在意義のすべてだった。富も権力も愛も、彼にとっては支配すべき対象に過ぎないが、別に人格は不要である。てか、人格複製とかは全て妄想に過ぎないのである。
改造後、ヴィットリオによってその能力は拡張された。
砂漠を吸い込み、山を呑み、海を奪う。吸収するたび、体は膨張し、出力は跳ね上がった。
だが、その瞬間、ケムダーの内側では何かが狂い始めていた。
吸収すればするほど、欲望は倍化する。
海を得れば大陸を求め、大陸を得れば惑星を欲し、やがて恒星すら飢えの対象となる。
「この恒星の光は、僕のもの……だが、銀河全体の光も、欲しい」
合成された声が虚空に響き、吸引口が次なる獲物を探し始める。
ヴィットリオの制御装置がなければ、ケムダーはすでに宇宙を呑み尽くしていた。
だが、リモートで抑え込むたびに、内部に「未消化の欲望」が沈殿していく――それは、いつか爆発的に増殖する宿命の種子だった。
心理的に見るなら、ケムダーの構造は自己肯定の無限ループだ。
奪う → 力が増す → さらに奪いたくなる → 奪う。
満足が存在しないゆえに、止まるという選択肢がない。
最終的に、彼は「目的なき飢え」に取り憑かれる。
星を呑み込む最中に、小さな石ころに気を取られ、無意味な吸引を繰り返すような――散漫で不毛な暴走。
それが「無限の空虚」の始まりだった。
第二の弱点:自我の拡散と自己崩壊 ――喰らい尽くされる存在
もう一つの致命的な弱点は、自我の分散だ。
奪えば奪うほど、ケムダーという個は薄まり、境界が曖昧になっていく。
改造によって、彼の意識は機械のコアへと封じられた。吸収した所有権――たとえば海の「所有」を奪うと、海の概念までもが自身と融合する。
力としては確かに増す。だが、同時に「自分でないもの」を大量に内包することとなる。
「僕は誰だ? 海か? 星か? それとも――」
ケムダーの声が歪み、複数の存在の声が重なり始める。
ある時、ヴィットリオの制御が一瞬遅れた瞬間――ケムダーは惑星系ごと呑み込み、その内部に無数の生命の所有権を取り込んだ。
そして、その声は変わる。
「すべてを僕のものに……いや、僕たちのものに……」
彼はもはや一つの個ではない。「群体」としての怪物だった。
だが、さらに恐ろしいのは、その先だ。
欲望が極点を越えた時、ケムダーはついに「己自身」を欲し始める。
「僕の存在すら、僕のものに……」
銀鉄の籠手が内側に向かい、肉を、機械を、精神を喰らい始める。
装甲が崩れ、白銀の合金が滴り落ちる。
ヴィットリオの制御信号が届いた時、そこには――ただ、崩壊した光の残骸が残っていた。
象徴としての崩壊とヴィットリオの視座
ケムダーの滅びは、単なる機構的欠陥ではない。
それは「貪欲」という概念そのものの宿命だった。
ヴィットリオは、この弱点を理解していた。
だからこそ、抑制機構を設け、道具として利用した。
掃除機や権利剥奪機など、派生製品には必ず“限界”が設定されている。吸いすぎない。抱えすぎない。
だが、それはむしろ皮肉でもあった。
ヴィットリオの白い瞳にも、次第に同じ影が宿り始めていたのだ。
「満足など、ない……」
その呟きは、いつかケムダーが発した声と寸分違わぬ響きを持っていた。
化学者は怪物を制御したのではない。――彼自身が、怪物の理に取り込まれつつあったのだ。
終章:永遠の飢え
ケムダーの弱点とは、同時に彼の本質そのものだった。
欲望の深みに安住し、奪うことでしか生を確かめられない。
それは、白銀の光を放つほどに美しく、同時に銀鉄の闇より深い。
「すべてを僕のものに。満足など、ない」
この言葉は、彼の運命を示す呪いであり、ヴィットリオの未来をも暗示している。
――貪欲の化身は、いつか自分自身をも喰らい尽くす。
そしてその日、白銀の文明は、静かに砂となって崩れ落ちるだろう。



