錆びついた鉄骨が突き出す廃工場――
月光が破れた屋根から降り注ぎ、白と黒の影が交錯する。
ポーラは静かに立っていた。白い髪が風に揺れ、その白銀の瞳が無数の瓦礫を映す。
彼の手に握られた巨大な絵筆の先端から、白い塗料が滴り落ち、床に柔らかく消えていく。
その一滴ごとに、現実が削がれていくようだった。
対するケムダーは、銀鉄の籠手を掲げ、獣のような笑みを浮かべた。
頬には噛み砕いた金属片の痕がこびりつき、瞳には人の理を超えた光が宿っている。
「ハッハッハ!」
声が空気を叩き、地面が低く唸る。
「君のその力、僕のものにしてみせる!」
籠手が唸り、刻印された黒い紋章底なしの袋(Endless Pouch)が激しく脈動する。
歪む空気、引き寄せられる瓦礫、砕けた鉄骨がわずかに浮く。
ケムダーが低く叫んだ。
「所有強奪(オーナーシフト)!」
瞬間、ポーラは絵筆を重く感じた。
何かが引きはがされる――
まるで「所有」という概念そのものが、吸い取られるかのようだった。
だが、ポーラは微動だにせず、冷ややかに言葉を放つ。
「権利破棄――」
白い光が爆ぜた。
絵筆が閃き、塗料の粒が夜気を裂く。ケムダーの籠手に白い亀裂が走り、銀鉄の表面が煙を上げて軋む。
一瞬、工場内の重力が途切れたような静寂。
「無駄だ。――貪欲の黒は、白の虚無に塗り潰される」
一閃。
絵筆が円を描くたび、触れた鉄骨や瓦礫は白く染まり、そのまま音もなく消滅していく。
空間に穴が開く。存在の削除――それがポーラの力だった。
「そんな白で僕を消せると思うな!?」
ケムダーが咆哮する。
拳が地を叩き、爆風が廃工場を突き抜けた。
吸収した所有権が力に変換され、彼の右腕が膨張する。銀鉄が筋肉と融合し、表面に無数の眼が開いた。
「奪ったものは、すべて僕の力だぁ!!!」
鉄と叫びが衝突する。拳が振り下ろされ、コンクリートが粉砕される。
一撃で生まれた衝撃波が鉄骨を裂き、月光が砕け散ったように白い塵が舞い上がる。
ポーラは反動で数メートル後退し、絵筆を盾のように構える。
眼前で、銀鉄の拳と白い筆先がぶつかり、閃光が夜空を裂いた。
「消し飛べ!!!!」
ポーラの声。
白い塗料が刃となり、矢のように飛び、ケムダーの巨腕を斬り裂く。
溶けるように銀鉄が崩れる――が、即座に再生。
腕から無数の黒い触手が伸び、空間を覆う。
「僕の欲望は無限だ!」
その声が、鉄と血の中で笑い声に変わる。
触手がポーラの足元を這い、白を侵食しようとする。
ポーラは静かに笑みを返す。
「すべて、白に還れ」
地面へ絵筆を突き刺した。瞬間、白の波が広がる。
触手が触れた途端に、煙のように消滅。
だが、ケムダーの勢いは止まらなかった。
籠手が肥大化し、戦場全体が彼の影に覆われる。
「もっとだ……もっと奪う!」
鉄骨のきしみが鼓動のように響き、工場そのものが生きた怪物に変わっていく。
白と黒の勢力がせめぎ合う。工場はすでに半分が白の虚無に、残りが銀鉄の巣窟と化していた。
ポーラは呼吸を整え、凛とした声を放つ。
「無限の欲望は、いずれ己を滅ぼす。君の黒は自壊の色だ」
ケムダーの瞳が一瞬、揺れた。
「滅ぼす? この僕を? ――世界の所有者が滅びるものか!」
その笑いの裏には、わずかな怯えが混じっていた。
「籠手は限界を超えている。奪えば奪うほど、君の“存在”が削れていく」
ポーラの声が突き刺さり、銀鉄に微かな振動が走る。
ケムダーは猛り狂うように拳を振り上げた。
「黙れぇぇぇ!!!!」
轟音。天井が崩れ、無数の瓦礫が降り注ぐ。
ポーラはそれらを白く塗り潰して消し去りながら、足を止めなかった。
彼の筆先が光を裂くたび、虚空が静寂の波を返す。
瓦礫と火花の中で、ポーラは最後の構えを取った。
「もう終わりだ」
手放した絵筆の代わりに、背から銀白のローラーを引き出す。全長三メートル、回転刃のような突起がぎらりと光る。
「――これで全てを消し尽くす」
ローラーが唸りを上げ、駆動音が戦場を震わせた。
白い残光が線となり、ケムダーへ突進する。地を割る轟音。
「何……だと……!?」
ケムダーが籠手を前に翳す。
銀鉄の壁が瞬時に形成される。だが、それも白の奔流に削られていった。
「僕の欲望は……無限だああああ!」
ケムダーの身体が膨張し、銀鉄の影が戦場一面に蔓延する。
しかし、その黒さはすでに崩壊の兆しを孕んでいた。
「貪欲は、自らを喰らう」
ポーラの声が静かに響く。
白が黒を呑み込み、世界が震える。
ケムダーの籠手が爆ぜ、底なしの袋が破裂。
「すべてを……僕の……ものに……!」
その未完の言葉を最後に、銀鉄の巨躯は光の中に溶けた。
――そして、静寂。
崩れ落ちた工場は、白と黒の斑に染まっていた。
時間が止まったように、風さえ動かない。
ポーラは肩にローラーを担ぎ、無言のまま戦場を見渡す。
白い瞳には、残酷でもあり、どこか哀しげな光が宿っていた。
「欲望は、虚無に還る」
月光だけが彼を照らし、白い霧の中へと溶けていく。
やがて、廃墟には何も残らない――
銀鉄の欠片も、声の残響も。
ただ、終わった世界の“静けさ”だけが残されていた。
月光が破れた屋根から降り注ぎ、白と黒の影が交錯する。
ポーラは静かに立っていた。白い髪が風に揺れ、その白銀の瞳が無数の瓦礫を映す。
彼の手に握られた巨大な絵筆の先端から、白い塗料が滴り落ち、床に柔らかく消えていく。
その一滴ごとに、現実が削がれていくようだった。
対するケムダーは、銀鉄の籠手を掲げ、獣のような笑みを浮かべた。
頬には噛み砕いた金属片の痕がこびりつき、瞳には人の理を超えた光が宿っている。
「ハッハッハ!」
声が空気を叩き、地面が低く唸る。
「君のその力、僕のものにしてみせる!」
籠手が唸り、刻印された黒い紋章底なしの袋(Endless Pouch)が激しく脈動する。
歪む空気、引き寄せられる瓦礫、砕けた鉄骨がわずかに浮く。
ケムダーが低く叫んだ。
「所有強奪(オーナーシフト)!」
瞬間、ポーラは絵筆を重く感じた。
何かが引きはがされる――
まるで「所有」という概念そのものが、吸い取られるかのようだった。
だが、ポーラは微動だにせず、冷ややかに言葉を放つ。
「権利破棄――」
白い光が爆ぜた。
絵筆が閃き、塗料の粒が夜気を裂く。ケムダーの籠手に白い亀裂が走り、銀鉄の表面が煙を上げて軋む。
一瞬、工場内の重力が途切れたような静寂。
「無駄だ。――貪欲の黒は、白の虚無に塗り潰される」
一閃。
絵筆が円を描くたび、触れた鉄骨や瓦礫は白く染まり、そのまま音もなく消滅していく。
空間に穴が開く。存在の削除――それがポーラの力だった。
「そんな白で僕を消せると思うな!?」
ケムダーが咆哮する。
拳が地を叩き、爆風が廃工場を突き抜けた。
吸収した所有権が力に変換され、彼の右腕が膨張する。銀鉄が筋肉と融合し、表面に無数の眼が開いた。
「奪ったものは、すべて僕の力だぁ!!!」
鉄と叫びが衝突する。拳が振り下ろされ、コンクリートが粉砕される。
一撃で生まれた衝撃波が鉄骨を裂き、月光が砕け散ったように白い塵が舞い上がる。
ポーラは反動で数メートル後退し、絵筆を盾のように構える。
眼前で、銀鉄の拳と白い筆先がぶつかり、閃光が夜空を裂いた。
「消し飛べ!!!!」
ポーラの声。
白い塗料が刃となり、矢のように飛び、ケムダーの巨腕を斬り裂く。
溶けるように銀鉄が崩れる――が、即座に再生。
腕から無数の黒い触手が伸び、空間を覆う。
「僕の欲望は無限だ!」
その声が、鉄と血の中で笑い声に変わる。
触手がポーラの足元を這い、白を侵食しようとする。
ポーラは静かに笑みを返す。
「すべて、白に還れ」
地面へ絵筆を突き刺した。瞬間、白の波が広がる。
触手が触れた途端に、煙のように消滅。
だが、ケムダーの勢いは止まらなかった。
籠手が肥大化し、戦場全体が彼の影に覆われる。
「もっとだ……もっと奪う!」
鉄骨のきしみが鼓動のように響き、工場そのものが生きた怪物に変わっていく。
白と黒の勢力がせめぎ合う。工場はすでに半分が白の虚無に、残りが銀鉄の巣窟と化していた。
ポーラは呼吸を整え、凛とした声を放つ。
「無限の欲望は、いずれ己を滅ぼす。君の黒は自壊の色だ」
ケムダーの瞳が一瞬、揺れた。
「滅ぼす? この僕を? ――世界の所有者が滅びるものか!」
その笑いの裏には、わずかな怯えが混じっていた。
「籠手は限界を超えている。奪えば奪うほど、君の“存在”が削れていく」
ポーラの声が突き刺さり、銀鉄に微かな振動が走る。
ケムダーは猛り狂うように拳を振り上げた。
「黙れぇぇぇ!!!!」
轟音。天井が崩れ、無数の瓦礫が降り注ぐ。
ポーラはそれらを白く塗り潰して消し去りながら、足を止めなかった。
彼の筆先が光を裂くたび、虚空が静寂の波を返す。
瓦礫と火花の中で、ポーラは最後の構えを取った。
「もう終わりだ」
手放した絵筆の代わりに、背から銀白のローラーを引き出す。全長三メートル、回転刃のような突起がぎらりと光る。
「――これで全てを消し尽くす」
ローラーが唸りを上げ、駆動音が戦場を震わせた。
白い残光が線となり、ケムダーへ突進する。地を割る轟音。
「何……だと……!?」
ケムダーが籠手を前に翳す。
銀鉄の壁が瞬時に形成される。だが、それも白の奔流に削られていった。
「僕の欲望は……無限だああああ!」
ケムダーの身体が膨張し、銀鉄の影が戦場一面に蔓延する。
しかし、その黒さはすでに崩壊の兆しを孕んでいた。
「貪欲は、自らを喰らう」
ポーラの声が静かに響く。
白が黒を呑み込み、世界が震える。
ケムダーの籠手が爆ぜ、底なしの袋が破裂。
「すべてを……僕の……ものに……!」
その未完の言葉を最後に、銀鉄の巨躯は光の中に溶けた。
――そして、静寂。
崩れ落ちた工場は、白と黒の斑に染まっていた。
時間が止まったように、風さえ動かない。
ポーラは肩にローラーを担ぎ、無言のまま戦場を見渡す。
白い瞳には、残酷でもあり、どこか哀しげな光が宿っていた。
「欲望は、虚無に還る」
月光だけが彼を照らし、白い霧の中へと溶けていく。
やがて、廃墟には何も残らない――
銀鉄の欠片も、声の残響も。
ただ、終わった世界の“静けさ”だけが残されていた。



